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『本当は映画化なんて断ろうと思っていたんだ』
『なぜですか?』
『自分の中の世界観をきちんと表現されないと嫌じゃないか』
『映画化っていうのは、一方的に作られてしまうものなのですか? 原作・井桁簾楊はあくまでも原作であって、監督さんの采配で庸介さんの作り上げたものがねじ曲げられてしまうものなのですか?』
『いや、それはたぶんないと思うよ。たださ、徹底的に話し合うとか面倒くさいだろ?』
『なんですか、それは』
椿は呆れたようにため息をついた。
『私は大好きな外国の小説が映画化された時、本当に感動しました。私の想像以上の世界が細かなところまで再現されてそれはステキで……』
その映画を視線の向こうに思い浮かべているのだろう。うっとりと空を見つめる椿を見ると、庸介は髪にくしゃくしゃと指を入れその手で口を覆った。
『……ごめん、格好つけた』
『え?』
『断ろうと思ったのは事実だ。自分の世界観を掬い上げてもらえずに歪んだ作品にされるのは嫌だと思った。でも、監督さんと話をして考えが変わった。本当はとことん話すことを面倒だとは思っていない』
そう言うと庸介は、恥ずかしそう目を伏せて、嬉しそうに頬を緩めた。
『自分の書いたものが映像として具現化されることに、鳥肌が立つほど心躍らせ興奮しているんだ』
あの時の庸介の表情が忘れられなかった。
興奮に頬を染め、両手には収まらないほどの近い将来実現する大きな夢に目を輝かせていた。
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