愛しい君へ、愛しいあなたへ

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 まただ。  また、髪を触る。  入院中も気に病んではいたが、触ることは少なかった。  退院の日、短い髪を気にして泣いていたが、その日の夜、もう泣かないと約束をした。それから椿が泣くことはなくなった。  そして、笑顔が増えた。  薬の作用もなくなり、以前の椿に戻ったけれど、特に最近は頻繁に触るようになったと庸介はそんな気がしている。指先で触れるだけであったり、今のように掴んでみたり時には引っ張っている。 「庸介さん?」  視線を下に向けると、ずいぶんと難しい表情でいたらしい、心配そうに椿が見上げていた。 「スピーチ、緊張しますか?」  スピーチと言われてすぐにはピンとこなかった。そうだ、今日のパーティーの主役は自分で乾杯の前に話をしなければならないのだった。   「大丈夫だよ。人前に出たり目立つことは好きじゃないけれど、こういうのを切り抜けるのは得意なんだ」  椿の髪に触れる。  椿の思う長さまで伸びるにはまだ日がかかるだろう。  優しく撫でながら、リビングへと椿を促す。頭を撫でられるのが気持ちいいのか、椿は猫のように瞳を薄くすると庸介の指に指を絡めた。
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