愛しい君へ、愛しいあなたへ

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 その背中を見送りながら、またスーツ姿の庸介が見れると、椿はうきうきしながら鏡を覗き込んだ。  本当に自分ではないようだ。細くナチュラルに入ったアイラインが椿の目を引き立てる。自分で初めて引いた時は、まるでお笑い芸人のようになってしまい、庸介も堪えきれずに大笑いしたのだった。  髪がもう少し長かったら、もっと女らしくなったはずなのに。  そんな想いが込み上げてきて、また髪に触れる。  薬の副作用のせいで、ずいぶんと気持ちが乱れていたが今ではそれもなくなったと椿自身も感じていた。  それでも、鏡に映るベリーショートの自分を見ると手術を思い出す。こんなちんちくりんな自分では庸介に不釣り合いだと、明るい町の影から聞こえるような気がするのだ。  無意味だと分かっているのに、早く伸びればいいと引っ張ってみる。  今回は、なぜか前回の入院の時のように短いこの髪を受け入れることが出来なかった。  はぁっと一つため息をつくと、鏡を覗き込む。あと数センチ、長かったら……。  またため息をつきかけたところで、庸介が戻ってきた。
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