愛しい君へ、愛しいあなたへ

19/52
前へ
/160ページ
次へ
「……お元気そうね」  頷く椿を見て、中島は目尻を押さえた。 「本当に良かったわ。退院おめでとう」 「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」  中島の豊かで艶やかな黒髪から椿は目をそらすと、自分の髪に触れた。  なぜが中島は悲しそうな顔をすると、椿に椅子を勧めた。  「麗子さんも来るのよね」 「はい。入院前に私の上司だった澤山さんという方と一緒に来られると思います」 「澤山さん……ああ、麗子さんの恋人ね」  さらりとそう言うと、中島は腕時計に目を落とした。  髪に触れていた椿の指が止まる。椿は大きく目を見開くと、口をパクパクとさせた。 「あら? その様子じゃご存じなかったかしら。武井くんにも聞いていない?」  首を横に振る椿の様子に中島は微笑んだ。 「だったら、本人に聞いてみたらいいわ」  実は隠していたんじゃないかと、そう思い椿は口元を歪めた。笹川さんは言いたくなかったのではないか、だから庸介さんにも口止めをしたのではないか……。  バカな考えだとすぐに気付き、歪んだ口元が緩めると、椿は笑顔で頷いた。 「はい! そうします」  もう、つまきじゃない。  私は、高根椿だ。  そしてもうすぐ、武井椿になる。 「ほら、噂をすればよ」  振り向くと、手を振りこちらに向かうひときわ華やかな二人に目を奪われた。
/160ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3130人が本棚に入れています
本棚に追加