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序幕
浴室のドアを閉めると、庸介はシャワーの水栓を回した。少し経って、温かいお湯が出始め浴室内に湯気が立ちのぼる。
長い一日だったと、坊主の頭にシャワーを掛けながら、長いため息をついた。
シャンプーを手にし、この頭でもシャンプーをした方がいいのか一瞬迷う。先ほどの椿の言葉を思い出し、頬を緩めた庸介は手のひらにシャンプーを出した。
泣き出した椿をしばらく抱きしめていた。感無量だった。
劇的でかっこいいプロポーズにはならなかったが、椿は前を向き自分を受け入れてくれたのだ。
「薬指が……喜んでいるか……」
庸介は泡まみれの自分の左手を顔の前で広げた。今頃、椿はエンゲージリングに見とれているところだろうか。
マリッジリングは、二人で買いに行こう。あまり高級な店に連れて行くと、贅沢だと怒られるかもしれない。いや、いいだろう。一生に一度なんだ。良い物を選びたい。
坊主頭はすぐに洗い終わった。シャワーで泡を流す。それも早く終わる。夏は楽でいい。
リンスをすべきかしばし悩み、庸介はボトルに手を伸ばすと短い髪にリンスを付けた。ベタベタにならないように気を付けつつ頭を撫でていると、ふと椿との風呂を思い出した。
椿に髪を洗ってもらうのはとても気持ちがいい。この髪では、洗ってもらってもすぐに終わってしまう。
やはり髪を伸ばそう。
指先を立て、早く生えるようマッサージをする。
もう一度あやめのように髪を伸ばし、ホーチミンで、あやめで、やりたくても出来なかったことを椿にしたい。あやめぐらいまで伸びる頃には、椿の髪も長くなっているだろうな。
そして、その頃、俺たちはどういう生活を送っているだろう。
リンスを流し、身体を洗うと庸介は風呂を出た。
ベッドで椿が待っている。
何もできないとはいっても、キスくらいはいいだろうと、プロポーズに成功した庸介は逸る心を抑えられずにいた。
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