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息子タカシの苦悩
この街の、この夕暮れどきの寂しげな景色は、
遠い昔どこかで見たことがある。ような気がした。
いや、
たしかに見たことがある。
俺は、そこに立ったまま、懸命におぼろげな記憶をたどった。
記憶の中の俺は、3歳か4歳か、
俺は母ちゃんに手を引かれていて・・・。
母ちゃんは、
そうだあのとき母ちゃんは、泣いていた。
手を引かれて歩きながら、ときどき俺を見る母ちゃんの顔が
涙に濡れていた。
ずいぶんと長い時間、歩いていたような気がする。
俺にとっては無限ともいえるような長い時間だった。
腹もすいてた。
あのとき母ちゃんは、なんで泣いていたんだろう。
いま俺は、30半ば。
二ヶ月くらい前に、勤めていた工場を辞めた。
辞めたというか、辞めさせられた。
従業員8人ほどの、小さな町工場だった。
朝から晩まで自動車部品をつくるだけの退屈な生活だったが、
食っていくだけの給料はなんとか貰えてた。
施設で育った俺は、施設で暮らしながら中学校を卒業した。
そのあと施設を出て、住み込みで町工場に就職した。
小さい頃、俺は施設の人から、
「あんたは父親も母親もいないんだよ。身内は誰もいないのよ」
と聞かされていた。
父親がどこの誰、母親がどこの誰、ということは誰も教えてくれなかったし、
亡くなったのか、離婚したのか、というようなことも、誰も言わなかった。
尋ねてはいけないような雰囲気もあった。
施設での暮らしは、なに不自由しなかった。
施設の人たちは俺のことをいつも気にかけていてくれたし、
みんな優しかった。
育ち盛りの頃は、食事の量が足らないこともあったが、
まぁそれでも、俺としては平穏な日々だった。
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