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拾い物
鱈の大臣 玉屋の椿 花は白銀 葉は黄金…華々しい唄いと伴に扇子を…広げようとした
「駄目だ!駄目だ!そんなんじゃ誰も銭は弾まねーよ…止めとけって!」
ついて来る事は出来ないだろうと、甘く考えていた。さっさと追い払ったつもりだったのによ…桔と言う少年が何故?先回りして舟の中にいたのか?男は知らなかった。
「本当に教えて欲しいんだ…おじさんのは、上手だってみんな言ったから…。だからさあお願いだよ…おいらにも教えてよ…もう治ったから、おいらに触っても病にはならないからさあ。おみよや新吉にも旨いもの食わしてあげたいんだ。」
天然痘にかかって見た目と眼をやられている。酷い痘痕が痛い、誰かが運んでやらなければ、ここには居ない筈の少年だ、たぶん一人だけ置き去りに…まあ、こいつの言うおみよや新吉が来ても…俺には邪魔なだけだって言うのによ。畜生!畜生!逃げた迄は良かったのに…こんな荷物が入っているなんて…俺はとことんついてねーなー。船を漕ぐ力はもう失せている。あんな拾い物しなけりゃ良かったのによ…。捨てた筈の記憶が俺を掴んで離しやしない。
「小僧お前何て名前なんだ?捕まる前に教えてくれ。火盗改めの旦那方!この状況で逃げも隠れもしません!罪を重ねるつもりも…ありません!この少年を安全に岸に帰す迄、今しばらくの猶予をお願いします!」
御用提灯が昼間の明かりの様に舟を囲んでいる、逃げ切れる自信は皆無だった。
「その心がけ、愁傷である。桔!心配したぞ…。お前に何か有ったら俺は切腹もんだ。」
火付け盗賊改めの長官らしき侍が、まわりの手下を抑えて桔に声をかける。
「椿って源氏名貰ったんだけど…まあいいや。おじさんの事は、その子に教えて貰ったんだ…きっとやさしい人だって話してくれたんだよ…。だから…お願い…俺、皆のね…。役にたちたいんだ…よ。」
だいぶ川風に当たっていた様子で、熱を出していた。後は大分ううわ言となってしまっている。
「教える!だから…お前死ぬんじゃねーぞ!これ以上罪を重ねさせるな!なっ!お願いします!医者を…こいつを早く医者に…。」
思わず、口から出た言葉だった。あんな思いは二度としたくねぇんだ。もう恨まないで下さい…お願いします。お母さん…何時しか自分の意識も朦朧となってしまっていた。
「急げ!!事は一刻を争う!」
手勢の中から、剃髪した男が走り出た。医者が同行して居たのだった!
「重症者からだ!水車小屋にも…だいぶいる。から慎重にな…。全く新吉がしらせてくれたから良かったようなものの…あの馬鹿を叱っておけ!お六!約束は守ったぞ!」
桔は男に確り抱きついたまま…離れようとしない!火付け盗賊改めの長は、安全を確認すると、二人の女が転がる様に桔と言う少年を男から剥がした。
「私が余計な事言ったばっかしに…なんて、無茶するの…。ありがとうございます。桔!ありがとう…みんなを助けてくれてありがとうございます。」
女二人が口々に男へ感謝の言葉をかける。男はそれが聞こえているのか?力なくその声の主を見た。船宿の下働きおきみと言う若い女と、お六という年増女だった。
「お栄さんがやきもきして出番待ってるから、じいさんに華を持たせてやったのよ!しっかりしな!あんたの事は旦那に頼まれていたんだから!」
お六に向かって静かに男は笑いかけた。其所までは、記憶にある。桔がようやく男から、二人の女の手によって剥がし取られた。肩から不気味な刃物が見えている。野戦場の様な慌ただしい夜が始まっていた。
「藪!金に糸目はつけない、確り治せ。」
水車小屋には、人一人居ない。
「なっ!俺様にかかったら、一発でしょう?報償もらえるよね?」
熱は本当にあるけど…金の発言にだいぶ元気ではある様だった。確り高熱を出して慌てさせたのはその後、安心して気を抜いたからだった。
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