Blindness

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

Blindness

   最初の質問は、「昼と夜ならどちらが好き?」だった。  彼の無造作な少し乱れた黒髪と、どこか闇をひそめた瞳をぼうっと眺める。この人は、夜だ。 「俺の顔に何かついてる?」  あぁ、不満げになった。 「いや」 「で、どっち?」  僕はカーテンの閉め切られた昼間の誰も居ない講義室を見渡す。時折窓から入る風はちらりと青い空をのぞかせ僕の亜麻色の髪を揺らした。 「どちらも。周りが色鮮やかであれば夜が恋しくなるし、周りが色の無い世界であれば昼が恋しくなる」 「空が曇れば、すべての色が平坦になるけど?」 「その時は僕の心の中が見える」  僕の答えに彼は目を細めて微笑する。 「やっぱり、君は変わった子だ」  その言葉は少し不満だ。 「子ども扱いしないで」  僕の言葉を聞いて彼はさらに満足したのか、乾いた声で笑った。  彼はよく「最後の瞬間」にこだわった。  すべてのものに始まりはあり、行く行くはきっと終わりがある。  そこに一体、どんな意味があるのか。  それを知ったり、得ることに快感を得ていた。彼も人のことは言えず、変わった人だ。 「じゃあさ、君は最後の瞬間に何を見ていたい?」  まるでそれが本命の質問だったかのように、彼は不意にまっすぐ僕を見つめる。  あぁ、この人は……。そうか。  僕は彼との間に置かれた机の上の、彼の生業(なりわい)でもあるカメラを意味ありげに指でなぞった。 「僕が最後に見たいのは……、僕の最後を見つめていてくれる人。愛してくれる人」  これできっと、伝わったでしょ?  彼は僕の指の動きを見つめてから辿るように僕の目を見て数秒後、机に身を少し乗り出して僕に唇をかさねる。  彼は戸惑うことなく、僕も動じない。これはきっと決まっていた運命。 「……心残りはあるか?」 「なにも」 「じゃあ今から俺の家に来てくれ」  これで、表向きに作っていた一人の僕が崩れる。あとに残るは空虚と欲に塗れた本当の僕だけ。  目の前のこの人はそんな僕を見抜き、写真に収め、愛してくれる人。  満たされていく、溺れていく。  *  彼の家は高層マンションの一室であるに関わらず、一歩部屋に踏み込めばコンクリート質の無機質な内装が広がっていた。 「あんたって何か前科あるの? 刑務所の牢屋みたい」 「そんなもんねぇよ。内装リフォームしたのは俺の趣味」 「お似合いだね」  そう皮肉をこめて笑うと何も言わずにそっぽを向かれる。可愛いところもあるんだな。  そんな彼に僕はこれから飽くほど愛されるんだ。  そう思うとゾクッと背筋が強張り快感が押し寄せてくる。  早く事に及びたい。早く、ほしい。  僕は家主への断りも入れず、すでにかけられた鍵だけでなくチェーンもかけた。  その様子に彼は苦笑し、「そうがっつくなよ」と言う。  僕の本当の顔を知っておきながら意地悪だ。  彼はパイプベッドに腰掛け、僕にも座らせようとしたが何かを考え込み、結局床に座らせた。  この時点でドクドクと心臓がうるさく脈打つ。彼はベッドの上なのに、自分は冷たいコンクリートの床の上。たまらない。  そうしてまた彼は頬杖をついて何かを考えているようで、僕の身体をじっと見つめていた。  その仕草と冷めているような視線は、無造作な髪と無精ひげが相まって気だるさを匂わせ、色気がある。 「そのTシャツだけ、脱いできてくれる?」 「は?」  僕は自分の恰好を見た。下はジーンズで上は白いYシャツに中がTシャツ。気に入らないの?  そんな問いが聞こえたかのように彼は、 「Yシャツだけって方が、エロくて好き」  そう付け加えた。 「ふーん。じゃあついでに下も脱いでこようか?」  僕が何気なくそう言うとニヤりと彼が笑う。 「ほんっと欲しがりだな。淫乱め」  あぁ、その言葉が聞きたかった。体がゾクゾクと歓喜に震える。  催促しなくても与えられるオブラートに包まない言葉。  これからきっと身体だけでなく、心もこの言葉で嬲られていくんだ。  そんなことを考えているといつの間にか淫猥な笑みになっていたようで、すかさず彼に写真を撮られた。  *  脱衣場でTシャツとジーンズを脱いだ僕がリビングへ戻ると。 「来たか。……っておい」 「借りちゃった」  僕が着ているYシャツは黒くてサイズが少し大きかった。もちろんこの人のだ。  彼は物に対して愛着が無いから怒らないだろう。僕は小悪魔のような笑みを浮かべる。 「『彼シャツ』ってやつ?」 「……、あ、そ」  彼は吸っていた煙草をベッドの脇においてある灰皿に押し当てて消した。そしてベッドから立ち上がり、 「ここに座れ」  今しがた僕が座っていた場所を指差した。  僕はそこに腰を下ろす。  体が微かに震えた。恐怖や不安ではない。高揚だ。心臓もひどくうるさい。 「ねぇ、お願いがあるんだけど」 「まさか『優しくして』とか言わないだろうな?」 「逆だよ。……ひどくして」 「言われなくても」 「あと……僕を愛して」  その僕の言葉を聞いた途端、彼の闇をひそめた瞳の奥に火が灯るのを感じた。  彼は足元に置いてあったカメラを手に取り、レンズのキャップを外す。  そしてカメラを両手に構えたまま片足で僕の肩を踏むようにして押し倒した。  そのレンズは脚を折りたたんで後ろに倒れ込んだ半裸の僕をフィルムに閉じ込める。 「はっ……イイな。白い太ももからアソコが見えそうだ」  そしてシャッターを切る音。  その声には興奮が混じり始めていた。  僕が折り曲げた脚ごと体を横に倒すと、さっきまで脚で隠れていた僕のモノが彼に晒される。 「おい、もうこんなに勃ってんのか?」  そこはぬるぬるとした先走りがすでに滴っており、淫靡に光を鈍く反射していた。 「そんなに見ないでよ。……これは僕なりの愛情の証。形にしないとわからないでしょ?」  その言葉を聞いて軽く笑った彼は、自分のベルトを外す。  そして僕の脚を割り開いた彼は慣らすこともせずに無理やり僕を穿った。 「……っ!」  想像していたよりも辛い痛さに顔を歪ませてしまうが、彼の表情を見た瞬間にそんなことなどどうでもよくなった。  ……生きている。  一番最初に頭に浮かんだのはその言葉だ。楽しそうだとか、快楽に溺れているわけではない。ただ、普段死んでいるような瞳が、今はギラギラと獣のように光って見える。  最後にこの顔を見れてよかった、と自然にそう思った。  彼が僕にどんな『最後』を用意しているかなんてわからない。でもそこにあるのが死であっても僕はこの人を恨まないし、それを愛情だと受け入れることもできるだろう。  僕の体内にあった彼のモノが一度抜ける。  僕は彼の顔を自分の方に向けたくて、片足で彼の顎をくいっと持ち上げた。少し不満げな彼の顔。すると彼は僕を睨みながらその足に手を添えて噛みついた。 「っ」  そのまま足首、ふくらはぎ、太ももと僕の薄い肉を噛む口が上がってくる。そして……僕のモノに手を添えた。僕はさすがに息をのむ。まるで獣に今にも襲われそうなスリル。  彼はちろっとソレを舐めあげた。僕の様子を事細かに見ながら歯を当てたりもしてくる。完全に遊ばれてるのが少し気に入らない。 「はやくっ……やればいいだろ」 「いいのか? お前の大事なとこだぞ?」  あぁお願い、焦らさないで。  そう思った瞬間、片手にカメラを構えた彼は少し強めに僕のモノに歯をあてた。 「アッ!」  跳ね上がる体と、僕の苦痛と快楽に溺れた顔。そしてすかさず走るカメラのシャッター音。 「……もうイったか」 「は……?」  言葉の意味がわからない。でも僕が恐る恐る自分の腹のあたりを見ると、確かに自分の精液が彼のシャツを濡らしていた。 「可愛いやつ。すぐ汚しやがって」 「……」  ……恥ずかしい。彼のシャツを汚したのは悪いと思うが、素直に口に出して言えるほど僕はまっすぐな人間じゃない。 「……だんまりか。まぁ別にいい。そろそろお前の『最後』の瞬間をもらうぞ」  彼は玄関口からロープを持ってきた。そうか、首吊りか。でもそれなら彼の手で首を絞められたかった。  そんな物騒なことを考えていると、彼は僕を座らせてブチブチッと音を立てながら僕が来ていた黒いシャツを破り、胸を触りながら突然キスをする。この近すぎる距離で彼の視線と僕の視線が交わる。僕にはたまらない、冷たい目。  すると唇が離れた瞬間、自分は後ろ手で拘束されていることに気づいた。 「なに、を……」  そう聞いたとき、僕は僕の『最後の瞬間』の正体がわかってしまった。  彼が手にしたのは黒く長い布。  彼が僕に与える『最後』は……――盲目。  僕は彼に視覚の最後を奪われる。黒い布が目元にかぶさるその瞬間、僕は彼の冷めた特上の笑みを見た。  僕の『最後』を見つめていてくれる、愛しい人。  そして暗闇が僕を包んだ後、愛しい夜は耳元でそっとつぶやいた。 「これでお前は、俺のものだ」  Blindness -Fin-
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!