その差、3センチ

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その差、3センチ

 これほど長い15分間を僕・武内勝之は今まで味わったことがない。京都競馬場のゴール板を僕のパートナー・マダカネキンメダルは岡野先輩のお手馬・トウコンファイヤーと鼻面を合わせた状態でゴール板を駆け抜けた。ホワイトボードの1着と2着の欄にはまだ数字が書かれていない。写真判定はまだ今も続いている。 「おい、出たみたいだぞ」  僕は岡野先輩に促されてホワイトボードに歩を進める。もし1着の欄に5番の数字が書かれればマダカネキンメダルは天皇賞・春のタイトルが与えられ、僕も晴れてG1ジョッキーの仲間入りということになる。係員が水性マジックを手にとってホワイトボードに向かった。検量室の外からは観客のどよめきが聞こえてきている。僕と岡野先輩はその様子を固唾を呑んで見守っていた。 「よっしゃあ!」  数字が書かれた瞬間、岡野先輩は大きな歓声をあげた。そしてスーツ姿の馬主さんと力強いハグを交わす。 「おめでとう」 「3センチ差でも勝ちは勝ち!よくやったな」  岡野先輩の周りには仲のいいジョッキーが輪を作り、口々に勝利を称える言葉をかける。一検量室の中は一気に祝福ムードになった。  一方、ホワイトボードに書かれた12の数字を呆然と見つめる僕。そんな僕の肩を大河原先生はポンポンと無言で優しく叩いた。僕とマダカネキンメダルはまたしても、3年ぶりのキンメダルを逃してしまった……。
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