刺客、襲来す

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刺客、襲来す

 あの日から僕はマダカネキンメダルの調教に頻繁につくようになった。あるときは坂路、あるときはウッドチップコースで僕はパートナーをビシビシと追う。これまでにないハードな調教だったが、マダカネキンメダルはそんな僕の檄にしっかりと応えてくれた。 「おつかれさま。どんどん馬体が逞しくなっているな」  5月の中旬、安田記念まであと2週間半を迎えた日のこと。大河原先生は調教を終えた僕をそうねぎらってくれた。 「初のマイル戦ですけど、楽しみですね」  僕がそう答えると、大河原先生はニコニコしながら再び口を開いた。 「ところでな、今日のスポーツ新聞、見たか?」 「え?」  僕が思わず問い返すと、先生は信じられないことを口にした。 「安田記念にサンダースコットが参戦するぞ」  その言葉を聞いた瞬間、僕の顔から血の気がサーッと引いていくのを感じた。  サンダースコットはイギリスの4歳馬。今までにアメリカのブリーダーズカップマイルや香港で行われる香港マイル、ドバイで行われたドバイターフなど世界中の大レースで勝利を収めている。文字通り「世界を股にかける歴史的名馬」なのだ。 「それはさすがに……」  僕がボソッとそう零した瞬間、先生は僕の顔の前に手のひらを向けた。 「試合前から負けることなんて考えるな。武内君は確かにまだG1を勝ったことはない。相手も強い。でも、それでも勝つためにできることをすべてやる。それ以外に頭を使ってはダメだ」  先生の毅然とした姿を前に、僕は二の句を思わず引っ込めた。 「実はな、君に馬を4頭用意した。安田記念の日に乗ってもらうつもりだ」 「4頭、ですか?」  僕は思わず目を見開いた。 「ああ。馬主さん達と話し合ってスケジュールを調整したんだ。朝イチの第1レースから第9レースまでのうち、芝の4レースで使うつもりだよ」 「あ、ありがとうございます……」  疑問を持ちつつも、僕は穏やかな笑顔の先生に頭を下げる。先生は柔和な表情を崩さずに続けた。 「いいか?武内君の安田記念はもうその日の1レースから始まっているんだ」 「はい?」  僕は先生の意図がわからず気の抜けた返事をした。 「まぁいい。この言葉の意味は君自身で考えろ」  先生はそう告げると、近くにいたスーツ姿の男のもとへと寄って行った。今週のレースに出る馬についての取材を受けるようだ。  武内君の安田記念はその日の第1レースから始まっている。  安田記念は第11レースだ。先生の言葉には一体どういう意味があるんだろう?
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