43人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
だからこの供述を聞いて一之瀬美枝子や三宮香織たちは動いた。
今や同胞である鶴間家や白矢家と力を合わせ、Xを支持するために彼女たちは“いじめ被害者を救う会”を立ち上げた。
会の目的は美枝子のように、いじめによって子を喪った者たちが想いを共有し、心の傷を癒すことを第一義とした。
その上で現在、いわゆる少年法によって凶悪な事件を起こしながら罪に問われない子どもに何らかの制裁を科す、もしくはその保護者を厳罰に処す制度の新設を呼びかける。
賛同者はすぐに集まった。
美枝子には香織やヒカリがいる。
そこに四条家と十合家が加わり、早くも一団としての体を成していた。
鶴間夫妻と鳩村家は美枝子の呼びかけに応えて参画した。
とはいえ鶴間あずさは放火事件以来体調が優れず、夫の健介が動くことが多かった。
鳩村亜美はどちらかといえば消極的だった。
接点が少なかったとはいえ、同級生の死に関心を持っていなかったことへの負い目から協力した恰好だ。
亜美が参入してしばらくすると、ある人物が匿名にて協力を申し出た。
素性を明かすことはできないが会の趣旨に賛同しており、主にSNS等を利用して発信していきたいという。
匿名で顔も見えない相手ということで香織は否定的だったが、ひとりでも多くの仲間が欲しい美枝子は彼女を歓迎した。
実際、この人物は会にアプローチする前からいじめ問題に関する投稿をしており、その旗幟は美枝子たちの考え方に通ずるところがあった。
白矢家が会に加わったのは彼らの本意ではなかった。
息子を喪い悲嘆に暮れていた両親には、何らかの行動を起こす気力はなかった。
自ら命を絶つまで我が子がいじめられていることに気付けなかった後ろめたさもあり、世間に訴えかけるという行為そのものを恥とさえ感じていた。
だが千緑が逮捕され、彼が黒波隆盛たちを殺害したと分かると、見えない力に突き動かされるように美枝子に連絡をとっていた。
Xこと千緑誠の無罪を呼びかけるべきだ。
そう提案したのは鶴間あずさだった。
まだ裁判すら始まっていないが、起こした事件の凶悪性や被害者の人数を考慮すると死刑は免れないだろうと報じられている。
彼女は当初、烏丸や鷲羽が何者かに殺害されたことに立腹していた。
娘を奪われたことへの復讐は自らの手で果たしたいという想いが強く、獲物を横取りされたも同然の結末に怒りを抑えられなかった。
しばらくして落ち着き、冷静にものを考えられるようになると、一之瀬ユウキや白矢徹のように似たような理由で命を散らした子どもたちの存在に気付く。
そして程度の差はあれ、彼らの家族が加害生徒たちに怨恨の情を抱きながらも表面上は気丈に振る舞っているのを見ると、残された者の心情は同じだと思い至る。
誰もが悲しいのだ、悔しいのだ。
記者にマイクを向けられた美枝子は当時、二度とこんな痛ましい事件が起こらないようにと外向きのコメントをした。
もちろんそれも本心であろう。
だがその言葉の後ろには巡谷たちへの憎悪がある。
せめて彼らが一瞬でも悔悛の情を見せれば抱く想いは違ったかもしれないが、Xが現れなければ法の下に護られ続け、今ものうのうと生きていたハズなのだ。
だとするならばXは自分たちにとって救世主に等しい。
自分たちに代わって復讐を遂げてくれ、悪が蔓延る社会は許さないという強烈なメッセージを叩きつけてくれた。
もし千緑が生き続けるならば、悪質ないじめを実行した者を処刑するXなる人物が存在することを、社会が認めたということになる。
だが彼が死ねば、いったい誰が烏丸知香や黒波隆盛のような悪童を裁くことができるだろうか。
Xが受け容れられればいじめに対する抑止力になり、もう誰も自分たちのような想いをしなくて済むハズだ、とあずさは説く。
「問いかけてみましょうよ。今の世の中にはXが必要なハズです」
彼女の発案に、いくら何でも過激なのでは、と慎重論が飛び出した。
会の名称からも明らかなように彼女たちは被害者であり弱い立場だ。
想いを共有するという崇高な理念もあるが、この弱い立場を利用して同情を引き、世間の関心を集めるという打算もなくはなかった。
そこに大量殺人犯を無罪になどと掲げてしまっては、殺人鬼を肯定する異常な集団と見做される恐れがある。
これでは大義名分を失うばかりか、市井の批判を浴びかねない。
「お気持ちは分かりますけど、殺人犯を擁護するような主張は――」
香織はあからさまに反対できなかった。
彼女は美枝子の前を歩く付添人としての役割を担っており、自分の意見は優先されるべきではないと自覚している。
ましてや自分にはヒカリという娘が存命している。
我が子を殺害されたあずさとでは置かれている状況も言葉の重みも全くちがうのだ。
「Xが法で裁けない罪を裁いたのなら、彼も法で裁かれるべきではないと思います」
殺人犯を持ち上げてよいのか、という空気が漂う。
Xを支持するということは彼の行為を、ひいては殺人を肯定することになりはしないか。
「私は賛成です」
一番に同調したのは美枝子だった。
「私も考えたことがあるんです。加害生徒に仕返ししたい、親にも我が子を喪った気持ちを味わわせてやりたいって。顰蹙を買う覚悟で言いますけど、それが本音なんです。どうして我が子を殺されて黙っていられるでしょうか」
香織は驚いた。
彼女がここまで大胆な発言をするとは考えもしなかった。
同時に子を喪った親の悲痛を今さらながらに思い知らされ、自分との意識の乖離に歯噛みする。
「結果的に私、Xに救われたところがあるんです。いじめをした子が何の罰も受けずに成人して、結婚して……そんなの耐えられないんです。ユウキが生きていれば当たり前に送れたハズの人生を、あの子たちが歩むのだと思うと――」
残酷と思われるかもしれないが親なら当然の想いだ、と美枝子は言った。
私もそうだ、と持論を強化されたあずさが言葉を紡ぐ。
「Xがいなかったら、それをするのは私でした。きっと死刑になるくらいの。今になって考えると、もしかしたらあの人は私を犯罪者にしないために――なんてことも考えてしまうんです」
彼女が言うと、それまで黙っていた鳩村律子が口を挟んだ。
「ねえ、鶴間さん。そのXだけど烏丸さんたちの件には関わってないって言ってるそうよ。そうだとしたら――」
あずさが擁護しようとしている相手は見当違いではないか、と彼女は言う。
「いいのよ、それでも。真犯人が別にいても同じことをするだけだわ」
“いじめ被害者を救う会”の性質上、最も尊重されるのは美枝子やあずさのような、実際に我が子を喪った者の意見だ。
「私たちがXのためにできることは……」
やはり慎重を期すべきだという声もあったが、当事者の心情を最優先にした結果、あずさの提案は受け入れられた。
最初のコメントを投稿しよう!