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男はこの廃屋を隠れ家にして盗みを繰り返している盗賊だった。
室内には電気が引かれ、飲み水や食料の備蓄もあり、床には絨毯まで敷かれている。窓には内側から頑丈な板が打ち付けてあり、出入り口の扉が一つあるだけだったが、逃走用の抜け穴が天井と床下に造られていた。
室内に無造作に並べられた宝石や高価な装飾品は、貴族や商人、賄賂で私服を肥やす政治家たちの屋敷から盗み出したものだった。男は盗品を金に換え、その金を貧しい施設や貧民街の住人たちにばらまくことで、庶民たちの間では義賊と呼ばれている。
「いまの俺は盗賊だ、盗みはしても殺しはしない。手傷を負わせることはあっても、致命傷を与えたことは一度もない。だが、今回はその余裕がなかった。お前を人質にしなければ、捕り方の者たち数名の命を奪うことになっていただろう。いや、数名ではすまなかったかもしれん・・・」
男は神妙な面持ちで顔を上げると、天井の空間を見つめながら目を細めた。
まさに修羅場だった。
屋敷の周りは警備隊に固められ、屋内に潜んでいた特別攻撃隊に囲まれて、完全に袋の鼠だった。
それでも、大人しく捕まるつもりはなかった。斬って、斬って、斬りまくり、屍の山を築いて果てることも覚悟した。たとえ盗賊に身を落としても、戦いの中で生をまっとうできるなら本望だ。もとより、死に場所を求めて今日まで生きてきたのだ。
決死の覚悟をしたその時、廊下の隅に逃げ遅れて立ちすくむ娘の姿が目にとまった。男は娘を人質にすることで追っ手を交わし、どうにかこうにか逃げ切ることができたのだった。
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