タンホイザー序曲

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 さらに問題はスタートだ…。  クラウチングスタートならば、陸上部でならした瞬発力を生かせる。だが長年走っていないこの足がついてくるだろうか?カッコだけつけて派手にコケたら恥ずかしい。  スタンディングスタートならば無難にスタートできるだろう。だが持ち前のスタートダッシュは生かせない。そして何より息子との約束を守れない。  私はレジャーシートの上で、食べかけのおにぎりを手にしたまま、いつしか親子リレーの話を聞いた日の記憶を手繰り寄せていた。  息子、俊也は小学四年生。四年生ともなると親よりも友達と遊ぶ方が楽しいらしく、買い物に誘っても、ドライブに誘っても、キャッチボールに誘っても、ついて来る事が少なくなった。会話もめっきり減った。しかも最近私は仕事が忙しく、俊也とまともに会話をした事がない。  こうしている間に、子供は親から離れていくんだろうか?私は息子に父親らしい事をどのくらいしてあげられたんだろうか?父親っていったい何だろう…?  そんなふうに思い始めた頃、珍しく息子が私を頼ってきたのだ。  運動会の親子リレーに出て欲しいと…。 「お父さんってさぁ、有名な陸上選手だったんでしょ」 「ああ…」有名かどうかは兎も角、陸上の選手だった。 「じゃあ勝てるよね、親子リレー」 「親子リレー?まあ…練習次第かな…」 「僕、練習するから」 私は広げていたスポーツ新聞から目を上げて息子を見た。  俊也は目をキラキラさせて私を見ている。  私は読んでいたエッチな記事をたたんで脇にどけた。 「そっか…よっし!じゃあ、お父さんのカッコいいクラウチングスタートを見せてやる」 「うん、約束だよ!」
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