タンホイザー序曲

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  次の日から青木瞬矢は職場に来なくなった。青木からは風邪だとかなんとか会社に連絡があったらしい。吐瀉物でも吐き出すように、口汚く罵った事は後悔している。だが、やはり私はヤツが嫌いだ。何故かは自分でもわからない…。  もやもやとした気持ちを抱えつつ、それでも私はシューズの開発に集中した。何としても遅れを取り戻さなくてはならない。 部下を鼓舞し、帰宅が深夜になる日が数日続いて、ようやく新しいシューズの方向性が見えてきた。  しかし、そこへ青木は現れた。  現れたのは昨日の夕方、手には奇妙なデザインのシューズを携えて突然会議室に現れたのだ。  私以下スタッフ一同は眉をひそめた。 「…何のつもりだ、青木」 「飯島部長、このシューズを履いて貰えませんか」 青木は私を見つめたまま詰め寄ってきた。 私はその勢いに押されて、思わず後退りする。 「お前、これをどうしたんだ?」 「自分で作りました。僕の提案を理解して欲しくて」  青木はグイグイ押してくる。 「青木…」  私の後退は、ホワイトボードに腰をぶつけてようやく止まった。 「理論は完璧です!」 差し出されたシューズには蛍光イエローのラインが入っていた。蠢くようなその模様は、まるで火焔型土器を思わせ、それが青木の発する情念のように思えて、かなり不気味だ。 「…デザインが最悪だ。それは何だ。シューズのつもりか?縄文土器の間違いじゃないのか!」  私は目も合わせず吐き捨てる。 「デザインはさておき…部長、明日の選考会議の結論は、これを履いてからにして下さい」  その言葉に、会議室はざわついた。私も自分の血圧と脈拍が一気に上がるのを感じ、持っていたソールの試作で青木を張り倒したい衝動に駆られたが、それを必死に押さえ、震える声を絞り出した。 「もう遅い、お前がいない間に、次のシューズは形になってきたんだ」
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