タンホイザー序曲

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「でも部長!部長は新入社員歓迎会の時、僕に言いましたよね。競技用の靴を履いた時のあの軽さが、あの感動が忘れられない。まるで翼を得たようだったって」 「新入社員歓迎会?」  私が…そんな事を?  あの時はかなり酔っていて、正直何を言ったか覚えていない。 「はい。さらに続けて言いました。俺はあんな気持ちでこれから始まる日々を、毎日を、新たにスタートしていきたいって。青木、お前はそんな感動をみんなに届けてくれって」 「俺、そんな事言ったけ…」  ポカンとしてつぶやく私とは対照的に、青木の眼差しは真剣だった。その眼差しは、どこか息子、俊也を思い出させた。そしてなぜだか、とても大切な事を思い出しそうな気が…。 「言いました」 うそ…、めちゃ恥ずかしい! 動揺している私の胸に、青木はシューズを押し付けてきた。 「部長はインターハイに出場した有名な選手だって聞きました」 「ああ…」有名かどうかは兎も角…。 「僕は…部長の、全力のクラウチングスタートを見てみたいんです!」 言い放って踵を返し、青木はそのまま会議室を出ていった。 「青木…」  私は変なデザインのシューズを両手に抱え、その後ろ姿を呆然と見送った…。
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