第25話 爆発と前触れ

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第25話 爆発と前触れ

「うぅ……んぐぅ」  走馬灯のように。今までの断片的な記憶を蘇らせながら。  霧川の本音の暴露と目の前で無残に殺された事。  二つの出来事が重なり、精神崩壊に近い状態に陥っていた。  我に返り、意識を少しだが取り戻す。  酸欠状態に近い。虚ろなこの状態ではまともな判断が不可能。  必死に脳に酸素をおくるように。その場で深呼吸をする。  だけど、それに気が付いた優が低い声で呼びかける。 「どうやら、意識を取り戻したようだな」 「……っ!? あ、あぁ……」  夢だと思いたかった。葉月は、はっきりと自分の目の前に転がっている。  あの無残に殺された霧川の死体を見てしまう。  胸、腹部、手足が貫かれ、既に出血は止まっている。だが、服は赤く染まり、葉月に吐き気を催す。  優はそれを木箱から乱暴に取り出し、葉月に見せつけるかのように。  表情一つ変えず。笑わないし、悲しんでもいない。  絶望と悲愴が葉月を襲う。糸に縛られながら体全体を下にして項垂れる。  先程まで一緒に冒険した仲間。友達、親友があんなにも残酷に。  そして、悲しみ暇も与えず。優は、短剣を取り出し葉月に向ける。 「あらら、少し刺激が強すぎたか?」 「……もう、やめて」  掠れた声で。初めて聞く葉月の泣きそうな状態に。優は目を見開く。  今までこんな姿も顔も見せたことがない葉月。  本人はそれが恥ずかしいものだと感じており、決して他人には見せないと誓っていた節がある。  だが、それも限界を迎える。醜く、化粧も涙で剥がれ落ちる。素の顔を優に見せる。  命乞いにしては余りにもレベルが低過ぎる。  優は変わり果てたクラスメイトのお嬢様を見て溜息をつく。 (こんな奴に俺は騙され、利用され、弄ばれていたのか、くだらないな)  目付きを鋭くする。眼光を葉月は感じながら身震いする。  優は容赦なくこれから痛めつけるつもりだ。  元クラスメイトなど。仲間など関係ない。優が受けた心と体の傷。それは偽りなく真実なのだから。  やめて、と言われて止められるはずもない。  躊躇なく、優は短剣を葉月の左腕に向かって振り下ろす。 「ああああああああああ!」  こんなにも簡単に人の腕というのは斬り落とせるものなのか。  そして、すぐに止血と回復魔術で治療する。  シュバルツはここまで何も言わず。優の指示に的確に。尚且つ、文句も言わず付き合って来た。  ただ、流石に思う所はあるようだ。  痛みが抑えられても、目の前で転がっている自分の左腕を見ると。底の無い絶望感が漂う。  葉月は、悲鳴を上げることもなく。呼吸が荒れ、脂汗を掻いている。  あまりにも無残な姿にシュバルツは物申す。 『優! この女も殺すのか?』 「……なに? 珍しく、思うところがあるのか?」 『いや、別に殺すことに対して何も意見はない、ただ、お前の持っている情報だけでは今後、こいつらと対峙する時に苦戦を強いられる……』 「あぁ、情報収集ね、でも、そんな回りくどいやり方しなくても」 『情報は戦う上で非常に重要になってくる……聞き出せるときに、聞いといた方が先決だ』  優は軽く頷きながら葉月の方を見る。確かに、場面は最高の状態。  先程の戦いもそうだが、やはり初見だと辛いものがある。  幾ら、エンド能力をコピー出来るとはいえ、防ぎきる自信はない。  それに、どうしても現状。戦闘人数ではこちらの方が負けている。  そう思ったら、戦う上でシュバルツの言っているように。情報の有無で戦う前から勝利の確率を少しでも上げておく。  力に溺れて、優は原点を忘れかけていた。このままいけば、力押しで物事を解決してしまうだろう。  学んだこと。今までの経験をもう一度整理して。優は、葉月に問いかける。 「このままお前を殺したところで満たされるのは俺の復讐心だけ……だから、少しでもいいからさ、情報をこちらにくれないか?」 「じ、じょうほう?」 「そうそう、何でもいいからさ! 俺が得になるような情報を差し出してくれたら……見逃してあげないこともないよ? いや、ついでに左腕もくっつけてあげよう」 「……っ! う、うそよ」 「嘘じゃない、生かしといて今後に役立つ駒は残しておくのも大切だからな、さぁ? どうする?」  選択権を与える。このまま何もせずに死ぬか。それとも、少しの望みをかけて優に味方の情報を与えるか。  答えは決まっている。葉月は、背筋が伸びて縛られながらも姿勢が安定する。  寒気と吐き気を感じながら。否定しようと優の方を見る。 【紗也華なんて親友なんて思ったこと一度もないんだから】  口を開けたまま。葉月は躊躇する。何を迷っているんだと自分に言い聞かせる。  顔を横に振って邪念を振り切ろうとする。ただ、そうするほどに。  助かりたい、許さないという感情は強まっていく。  霧川のあの時の発言。追い込まれて、意中の人が親友に告白してたという事実。  それに、それを断り自分の無神経な言葉。こちらが悪い所はある。  しかし、それでも自分を裏切ったことに。一緒に頑張って共に道を歩もうとした仲。  それが、葉月の考えを捻じ曲げ。別の道に導く。静かに口を閉じて、葉月は黒い笑みを浮かべる。 「いいわよ、教えてあげるわ」 「そうこなくちゃ」 (今更、あんな組織の奴らに期待することなんてないわ、それに……まだ、私が勝てる可能性はある)  葉月にも情報戦というのは分かっている。ただ、実検はこちらが握っている。  正確な情報か、それとも不確かなのか。それは、葉月自身にしか区別出来ない。  どうやら、優は戦闘能力以外に。心理戦や言葉の扱い方も。手慣れたようだ。  ここまで話していて、葉月はそれを察した。自分もこの世界でも。そして、現実世界でも。何度も何度も言葉で相手を惑わせ、錯乱させてきた。  気合いを込めて、それに臨む葉月。 「ただし、主に私が持っているのは、晴木と楓の情報……何故なら、一応二人とは直近で最初の方は戦っていたし」 「最初の方? なんだ、あいつらは戦場には出てないのか」 「まあね、それでここからが、重要なんだけど、あんた……楓の動向が気になるでしょ?」  その名前を聞いて優は目を細める。対して葉月はせせら笑う。  冴島からほんの少し聞いていた。しかし、詳細は当然ながら優は知らない。  得になるかどうか。それは分からないが、土産程度に。優は軽く溜息をつきながら返答する。 「そうだな、興味本位で聞いておく」 「……ふふ、さてと何処から話そうかしら、まずは、体を重ねた所から?」 「そんなことはもう知っているよ、それよりも、どういう状況なのかそれを知りたい」 (そりゃ、これだけ期間があったらやることやってるだろうな、それよりも……俺が知りたいのは)  全く葉月の揺さぶりにも激高しない。それ所か、さらに冷静に物事を考えながら質問する。  優にとって知りたいのは現在の楓と晴木の真の関係。恋人同士なのは間違いない。  だが、あの晴木が純粋に楓を愛しているとは考えにくい。  推測だが、恐らく晴木は楓をただの都合の良い駒だと思い込んでいるだろう。  察しのいい優は先に葉月の心中を読むように。  葉月は薄く笑いながら。全く動じない優にもはや感服していた。 「ふん、最初の頃と比べたら晴木に踊らされているって感じ? あいつが指示すればみんなその通りに動くって感じかしら」 「だろうな、お前らもそれでここに来たんでしょ」 「そこら辺の雑魚と一緒にしないでくれる? 私はイモラを殲滅しないといけないという自分の判断で来ているの! ふざけないで」  それでも、結局はその依頼も晴木が引き受けているのだろう。それを葉月達に回しているだけだ。  無駄な所は追求せず。優は自分の知りたい情報を引き出していく。  苦しみながら、反論をする葉月に優は片目を閉じながら話し続ける。 「それで、シードって組織は何のために作った?」 「普通に考えれば、統括するためかしらね? それと、組織や部隊を作っておけば、都市からの支援を受けられるし、戦績を上げれば報酬だって貰えたりするし」 「なるほどな、んで、狂化の壺の生贄はまだ続いているのか?」 「そうね、さっきの薄汚い父親もその為に捕まえたんだし」  やはりそうかと。優は無言で納得する。  シュバルツの言う通り。ラグナロに何かが起こっている。  エンドの量が未確定のララの父親まで公の場で拘束するのを見せつけている。  異常だ。しかし、それを聞いても葉月は分からないの一点張り。  他にも、出水と飛野のエンド能力とその詳細。  実際見てないため、能力のコピーは出来ない。しかし、次回に対峙する時。きっと戦いの参考になるだろう。  優は頭に叩き込み、記憶する。これで、また一歩近づいた。  復讐という名の途方もない悲願の達成に。  しかし、葉月は表情を歪める。優にまだ何か言いたいことがあるようだ。 「思ったけど、本当にあんたはクラスメイト全員を殺すの?」 「少なくとも、俺が殺したいと思う奴は殺す」 「全員ってことじゃないのね? ふん、まだ……人の心は残っているようね」  曖昧な答えで葉月は困惑しながら笑う。優も別に全員絶対に殺すというのは建前上の意見。  敵対して来る者。個人的な恨みがある者。それは容赦ないつもり。  ただ、特に二つに当てはまらない者は見逃しつもりでいる。  特に、クラスメイトの中には自分と同種の人間もいた。  その者がどうしてるかなど。優は知る由もないが。  そして、葉月は何かを思い出したように。優を馬鹿にするようにこんなことを伝えてくる。 「どちらにしても楓はあんたには高嶺の花だってことよ」 「……」 「私よりいい女が、この世界でも落ちぶれたあんたなんかに本気で好意を持つわけないじゃない? 幼馴染とか小さい頃から一緒にいたからなんて……そんなの運が良かっただけじゃない」  優は片手を腰につけて無言で聞く。言いたい事は的を得ている。  今まで、【幼馴染】とか【一緒にいたから】などの理由で隣にいた楓という存在。  心の何処かで、自分は他の人と比べて楓との関係が進んでいる。  そんな優越感に浸っていたのかもしれない。だから、この曖昧な関係が崩れるのが嫌で。  いつまでも、自分の気持ちを伝えられなかったのかもしれない。  機会は現実世界で幾らでもあった。  その機会を見逃し、回避し、逃げてきたのは自分の判断。  怖かった。断られた時。楓との関係は終わってしまうと考えたら。  そこに付け込まれたのが、この世界に来て左腕を犠牲にしてまで庇った事だ。  葉月は隠すことなく自分が気絶している時の出来事を話す。  一年前の気絶している二週間。  楓と晴木が急速に関係が狭まったこと。  手を繋ぎ、唇を重ね、言葉を掛け合い。  そして、葉月がたまたま晴木の部屋で聞いたその言葉。  自分は楓のためにこの身を投げ出し守った。  感謝されると。見舞いに来て優しい言葉で慰めてくれると信じていた。  しかし、見舞いにも来ずに。優が怪我をして、気絶している時に行われていたこと。 【す、優のことなんてどうでもいいから、もっと愛して……】 【はは、こんなに短期間で随分と変わったじゃないか? あいつは、左腕を庇ってまでお前を守ったのに】 【そ、それはそうだけど……正直、余計なお世話だったかな? んぅ……私一人でも倒せたし】  二人の情事。その内容と掛け合いを聞かされても優は表情一つ変えない。  葉月は口を閉じて黙り込む。少しだけ、胸に手を当てて優は抑えつけようとする。  ただ、すぐにそれは爆発する。 「畜生……」 「ぐぅ! それで、私に八つ当たりするって訳ね! 本当に最低で愚図な奴ね」 「どの口が言うんだよ、あの海の事とか俺は忘れた訳じゃないからな」 「あぁ、あんなの騙される方が悪いんじゃない? 馬鹿ねぇ、ほんとに」  気が付けば、優は葉月の腹に力に任せて殴りかかる。  葉月はあまりの痛みに顔を崩し、口から涎を垂らす。  爆発してしまう。感情が抑えきれず、優は見境もなく殴り続ける。  一発殴っただけじゃ気が晴れない。腹の次はその嫌らしい顔を全力で叩き込む。 「お、女の子を殴る訳? 地獄に落ちろ!」 「こういう時に【女】っていうのを利用するなよ……こんな戦場の場に男も女も関係ないだろ」 「ぐぅ! は、晴木は女子を殴ったりなんかしないわよ! あんたは、これを聞いて何も思うところはないの!?」 「いや、全然」  もはや、優を止められる者はいない。必要な情報を聞き出し、既にこの葉月という人物に用はない。  後は、自らの鬱憤を晴らすため。ただ、感情に任せて行動するだけ。  晴木の名前を聞いて、力が強くなった気がする。楓と晴木。二人についてはもう気にしないと決めたつもりだった。  ただ、やはりそれは無理な話。  嫉妬、憎悪などがどうしても生み出されてしまう。  低い声で優は葉月の言動に否定する。  気が付けば、骨が折れる音が聞こえてくる。血反吐が服に付着する。これ以上やると死んでしまう。  もっと痛めつけないことには話にならない。  優は腕を止めてシュバルツに話しかける。 「シュバルツ! 回復を……」 『待て、何やら空の様子がおかしい』 「……空?」  気にも留めなかった空の様子。手を止めて、優はゆっくりと上を見上げる。  そこには見たことのない光景が広がっていた。  空の色が赤く染まっている。通常なら有り得ない。  異様なそれに優は驚きを見せる。しかし、冷静にシュバルツは解説する。 『あれは……【イレイザー】と呼ばれているガリウスの大量侵攻の前触れだ』 「と、言うと?」 『この街に、大量のガリウスが接近しているということだ、このままじゃ不味いぞ!』  シュバルツの嫌な予感。それは的中する。その瞬間に。  街の奥からの爆発音が耳に届いた。  再び、この街に嵐が訪れる。それもかなりの長い嵐のようだ。
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