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第30話 救いと理解
優が去った後のマルセールの裏通り。
惨劇の跡の異臭と光景に彼女は溜息をつく。
エンド能力を解除して、静かに首と体が離れた葉月。そして、体の複数に重症を負っている霧川。
――彼女。御門玲奈はそれを見て何ともつまらなそうに。
まるで、死を悲しむというよりも。もう少し、遊んで欲しかったと。
二人の友情ごっこは外から見ていて痛快だった。
いつ、掌を返すのか。裏切るのか。それが見ものだったのに。
まるで、物語の架橋のシーンを見逃したような。大事な場面を見れなくて御門はとても悔しそうだった。
同時に。御門は手際よく作業を開始する。
血を拭いて、傷跡を回復魔術と現実世界で仕込まれた医療技術で治す。
常備していた縫合糸【ほうごうし】を取り出す。これは、皮肉なことに霧川のエンド能力で発生させた物を。
御門独自の技術でそれように作り替えた。
細菌をして、マスクをはめる。外の状況がどうだろうと。ガリウスが侵攻し、空の色が変わろうと。御門にとっては問題ない。
地面にシートをひく。周りの気配を確認し、冷静に葉月の首と体を自分の前に持ってくる。
御門の両親は医者の一家だった。父親は外科医。母親も内科医。完全に医療としての道を進むことを約束されたようなものだ。
学校の勉強の他に。御門は医療の知識も高校生ながら頭に詰め込まれた。
要領がよく、迷いがない御門。その才能は両親を超えるほどだった。
そして、医療道具一式を素早く転移魔術で呼び出す。鉄のメスを葉月にいれる。
――――二人には、このまま死んで貰っては困る。
まだまだ楽しい事がたくさんあるように。御門は笑みを浮かべながら。
クラスメイトに何も躊躇なく鉄の凶器でいじっていた。
しかし、これだけで御門が動くとは考えにくい。
自らの楽しみを増やすだけで。あまり関りのなかった二人を助けるとは考えにくい。
手術の真似事をしながら。御門はあの日の事が頭に過る。
それは、自分が地下室に行った時の出来事だった。
晴木も楓もその日は他の業務があり、信頼されている御門は地下室の見回りを任される。
ランタンで灯りを照らしながら。軽い食事を持っていく。
臭いは別に気にならない。こういうものだと割り切っていた。
そして、他の奴隷などには興味も示さず。ただ、自分の求める者だけを追う。
預かった鍵で施錠を開ける。鉄格子の先には、初めて見る変わり果てたクラスメイトの姿が発見する。
――白土結奈。無残に鎖に繋がれ縛られるその姿。痩せこけた体。
短かった髪も伸びて、綺麗な黒髪も変色して。白くなっていた。
これが、あの白土結奈なのか。御門は目を疑った。
向日葵のような存在に見えていた御門にとって。この姿は痛々しい。
自分とは違い、陽を浴び続け。その陽の光を発生させることも可能な人物。
ランタンを石の地面に置く。持って来た食事を丁寧に白土の前に差し出す。
御門は白土の顔をペシペシと。起こすように軽くはたく。
白土は朦朧と視界が歪んで見える。しばらく、ろくな物を口にしてないからだろう。
肌と顔の汚れが目立つ。風呂にも入らせて貰っていないのだろう。
ここに白土が監禁されていた事実。それを御門は知らされていない。
これが、晴木の判断なのか。楓の判断なのか。真相は不明。
何となく彼女の危険性と異常性を察知したのだろう。
それは、間違っていないのだろう。何故なら、この様なクラスメイトを見ても。顔色一つ変えず。眉を動かさず冷静なのだから。
【感情が欠落している自覚はあるのか?】
晴木に言われた言葉。珍しく、御門は深く考え込む。やっぱり、自分はそうなのかと悟る。
だからこそ、御門は彼女に欲していた。自分にはない者をたくさん所有している彼女こそ。
自分も自然と怒れるかもしれない。泣けるかもしれない。
表情豊かで、魅力的に御門の瞳には映っている。
すると、白土は意識を取り戻す。目の前には、自分の頬を撫でる御門の姿があった。
声を張り上げる気力もなく。また、殴られ、拷問されるかと。白土の瞳には涙が溢れる。
しかし、御門はそれを見て増々。彼女に興味が湧く。
――こんなにも簡単に泣ける理由。いや、こんな状況だから当たり前かもしれない。
だが、御門にとって。泣いている姿がこれほど美しいと思えたのは。白土が初めてだった。
嘆きや怒り。それも感じているだろう。とりあえず、御門は焼きたてのパンを手に取る。
このままでは食べにくいだろう。細かく手で千切って白土の口の前まで運ぶ。
直前で白土は戸惑うが空腹には勝てない。まるで、ペットのような扱い。それでも、久しぶりの食事に白土は号泣する。
瞬く間に、パンと水を完食する。すぐに、御門は転移魔術で小皿とスプーンと温かいスープを用意する。
野菜を刻み煮込んで、御門が用意したお手製の一品。湯気がたっており、御門は小皿を手に取って。
木のスプーンにそれをすくって白土の口の近くまで運ぶ。
今すぐにでも。それを口に含みたい。心身共に冷えている。体も心も温まる一品。
見た目も香りも絶妙なスープ。しかし、白土には疑念があった。
ここまで、御門に親切にされる義理はない。現実世界にいた時も。彼女と関わった事は殆どない。
それなのに、この優しさは異常。白土は申し訳なさそうに。一つ、御門に質問を投げかける。
「一つ、いいかしら」
「あら、なぁに? もしかして、そんなに口に合わなかった?」
「いや、そうじゃなくて、御門……さんは、どうして私なんかに優しくしてくれるの?」
泣くのを抑えて。白土はぎこちなく御門の名前を呼ぶ。
優しく? いや、これが人として当然の事だろう。
御門は人間らしさの生活を損なったら。それはもう死んだ方がマシだ。
そういう考えでここまで生きてきた。
他者の不幸は好きだが、自分が興味を持った人物は別。
宝石のように輝く彼女は、磨けばさらに綺麗になる。
人間と言うのは自分にない特徴や特技を持つ者に惹かれる。
そして、御門はこの感情豊かな白土に夢中。それに、彼女は今まで見てきた人間の中で。汚れていない、真っ白な存在。
そう言う、純潔な人間はたまらなく大好き。御門は、理想の上で生きている彼女が羨ましかった。
御門はその問いに迷わずこう答える。
「うーん? 白土さんの事が……好きだから」
「……はぁ? 何を言って……ん!?」
気が付いたら唇を重ねていた。軽くだが、結構な時間を。
白土は何が起こっているか把握が不可能。対して御門は自身の艶やかな唇に指先を当てながら。
とても満足気に。小悪魔のような笑みを白土に見せつける。
「はぁ、柔らかかった」
「ちょ、な、何すんのよ! は、初めてだったのに……」
「え? そうなの、じゃあ貴方のキスの純潔を貰っちゃった!」
「うぅ、なんでそんなに喜んでいるのよ? もぉ! 初めては……あの子と決めていたのに」
「これはノーカウントでいいんじゃない? ふふ、いい顔になってる、今の貴方」
怒った顔も見られてある意味美味しかった。
御門は美しく、可憐な彼女に言い聞かせる。
今のはただの愛情表現だと。実際、これが決め手となり、自分に敵対心はないと伝える。
初めて、あの子という台詞が引っ掛かるが深く追求はしない。
瞬く間に。御門の用意したスープを平らげる。身も心も温まった所で。
「それじゃあねぇ……体を拭こうね」
「え、いいの?」
「いいもなにもぉ? そんなに汚れてちゃ可哀想でしょ?」
そう言って、準備を始める。現在は、楓も晴木もいない。自分の思い通りに出来る。
鎖は外したら元に戻せるか不安なため。
不格好だがこのままで。お湯とタオルを用意する。
白土は感激しながらも恥ずかしながら。肌を隠している布切れの服を脱ぐ。
透き通るような白い肌が露出される。赤面させながら、白土は両手で胸を隠す。しかし、大きいのか完全には隠れていない。
だが、御門はお湯の入った木の桶にタオルを入れて絞る。
温かい水を感じながら。御門は汚れた白土の背中を優しく拭く。
気持ち良さそうな声が思わず漏れる白土。すぐに、口を手で塞いで白土は自制する。
「いいのよぉ? ここには貴方と私以外いないのだからぁ」
「ご、ごめん」
「謝る必要なんて……? これって」
小さく、慣れた手付きで体を拭いていると。御門は目立つ痣を発見する。
青くそれは腫れている。傷跡からして最近のものと判断する。
手を止めて、この部分を摩る。
「いた!」
「あら、ごめんなさい? でも、おかしいわね? 白土さんのとてもお肌綺麗なのに……なんで痣だらけなの?」
「そ、それは」
本来なら誰かに言いたい気分だろう。
だけど、白土は口を閉じて黙り込む。体は震え、明らかに異常である。
血だまりが出来ており、辛そうだ。そして、御門は目を瞑り静かな声で唱える。
――回復魔術。たまたま、この城の本棚で【魔導書】を見つけ、一通り読んだら理解していた。
元々、攻撃より補助が得意な御門。剣を握ることもなく、攻撃魔術をバンバン使用する事もない。
エンド量は他の人より多い自信がある。透明化のエンド能力の持続時間にそれがあらわれている。
そのため、補助魔術と透明化の能力。二つを組み合わせる事によって。暗殺や潜入を今まで何度かこなしてきた。
このシードの部隊にとって御門の存在は貴重。だから、戦果を上げてなくても。それ以上の仕事をやってのけていた。
そして、見事な精度と手際で。白土の背中の痣を治癒する。痛みが和らぎ、白土は表情に覇気が戻る。
「暖かい……」
「回復魔術は、使い手によって傷が治癒する他に、血流が良くなったりして快感も得られるのよ」
「そう言えば、体が軽くなったような気が」
体の震えが止まる。落ち着きを取り戻し、御門は笑う。上手くいって良かったと。
やはり、こんな気持ちにさせた彼女の事をもっと知りたい。
だが、同時に。彼女をこんな風にさせた人物。それにも興味があった。
体調と精神的に楽になった白土に。御門は、体を拭きながら問いかける。
「白土さんが良ければ、これを誰がやったか教えてくれないかしらぁ?」
「……ど、どうして?」
「私なら止められるかもしれないからかな? 貴方だって、これ以上はきついでしょ?」
現状からして。恐らく、自分以外の何者かが。彼女に暴行を働いている。
それは見れば理解が出来る。許せない。そう、思えない自分がやはり狂っていると自覚する。
だが、彼女を知って救えばそう思える。人間らしい感情が自分にも宿る可能性だってある。
精一杯の悲しみを表現する言葉を想像する。これが彼女にどう受け取られるかは分からない。
しかし、答えが。解答が見つかる。苦悩し続けた自分の難題が。
――――止めて欲しいのはもしかすると。白土ではなくこの御門自身だったのかも。
そして、白土は迷う。こんなにまで世話になったのに。
断る理由もない。むしろ、これはチャンス。御門に助けて貰える。可能性は低いが、誰かに縋りたい気持ちが溢れている。
この温かい食事も体を拭かれている温かさも。もっと、味わいたい。
あの日、自分から交わした約束。それも、果たさなければ後悔したまま死んでしまう。
【あたしと一緒にここに海を見に来ない?】
笑ってしまう。自分から口にしたのに。それが果たせない境遇になるなんて。
いや、それは彼も同じか。あの忌まわしい壺の生贄となってしまった。
自分は彼に好意を持っていたのに。何も言えなかった。恐怖に負け、そして周りの意見に流され、抑圧される。
責任を抱え込んで。白土は優に会っても殺される覚悟は抱いている。
でも、もし話し合えて。分かり合える機会があれば。きっと、この身を差し出してでも、彼の事を受け入れるだろう。
白土は考え込んだ後。自分の置かれている状況を御門に伝える決心が出来た。
「分かったわ、貴方に話す……だけど、この事は」
「ええ、分かっているわぁ、二人だけのひ・み・つ」
「……ありがとう」
ここから二人の秘密の関係は始まった。
白土にとって良いものなのか。御門にとって救いになるのか。
それは誰にも分からない。友情には程遠い関係である事は確かであった。
こうして、御門は話を聞いて。夏目楓という人物が。話を聞くまで、自分とは程遠い存在だと思っていた。
それが、驚く程に。本質は似ている事に気が付いてしまう。
同時に、彼女の絶望した顔が見たいと。思ってしまった。
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