第42話 霧の中で

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第42話 霧の中で

 真っ直ぐに向かう。  優はもう迷いは消え失せて。ペンダントの反応を頼りに。  マルセールを抜けて既にノースの森へと到着していた。  結局。優はたった一人で白土の元へ向かうと。  それを言い残してララ達をマルセールに置いて来た。 「はぁ? お前、何言ってんだよ」 「だから、俺一人で行くって言ってんだよ」  優は冷たく出水の心配も振り切る。  これが本意なのか。それとも、良い人を演じているのか。  どちらかは分からない。ただ、今の優にとって。まだ、この二人が信用出来ない存在というのは確か。  いつ、また裏切るか。もしかすると、何処かでクラスメイトと合流してくる。  そして、複数で襲ってくる可能性だってある。深読みし過ぎか。  いや、ここまで全て晴木の策略だったとしたら。  出水は怒りを込めながら。何とか笹森と和解しようとする。  だが、自身の傷と体力もエンドも底を尽きかけている。  このまま戦闘に参加しても、足手まといになるだけだろう。  剣を一本失っているのも痛手だった。  黙る出水に今度は飛野が優に語り掛ける。 「別に出水だって許して貰おうなんて……思っちゃいないだろ? 笹森! 俺らは他のクラスの奴らと同じに見えるか?」 「逆にたった一度協力したぐらいで、俺がお前達と組むと思ったか?」 「もういい! 俺はお前と殺し合いたいわけじゃない! 穏便に済ませられれば……俺はお前に協力したいと思ってる」  顔をしかめる優。確かに、このまま一人でラグナロまで向かっても。白土を助けられる確率は大幅に下がる。  それでも、やはり優は背を向ける。  しかし、出水と飛野の後ろにいたララ。 「スグル君!」 「そう言えば、助かってよかったよ、俺の修行も無駄ではなかったね」 「そ、そんな事! それよりも、説明してよ! 一体……君は何者なの?」 「あぁ、そうだったね、ララに俺の正体を教える必要があったね」  淡々と優は簡潔に要点だけをララに伝える。  早口で声に感情はない。ただ、ありの事実だけを教えていく。  優にとっても何気ない事でも。ララにとっては衝撃的な事実ばかりであった。  気が付けば。体が震えが止まらない。まさか、あの優しかった恩人が。  こんなにも残虐的な人物だったとは。これに、出水は下を俯き、飛野は唖然としていた。  そして、優は理性が吹っ切れて。煽るようにララ達に自分の残虐さを表現する。 「これで、協力する気もこれ以上関わるつもりもないだろ?」 「う、嘘だよね? スグル君が……」 「嘘じゃないよ、これから俺はさらに血を浴びるかもしれない、邪魔する奴は容赦なく殺す、それだけだよ」  ララは絶句する。それでも、彼を笹森優を突き放すような事はしなかった。  むしろ、歩み寄って来る。優は理解出来ない。この事実をすれば必ず。  ここで自分とララの良い関係は終わる。断ち切れる。そう思っていたのに。  彼女は、胸を抑えながら。彼を受け入れるように。そっと、彼の事を抱き締める。 「何やってんだよ、ララも邪魔するなら……」 「違うよ、これで私もやっと前に進めると思って」  ララは抱き締める力を強くする。彼と出会ってから。駄目だった自分を少し変えられた気がする。  そして、もっと優の事を知りたい。この行為がどんな感情で動いてるか分からない。  恋愛感情? 友情? それとも家族のような存在? 様々なものが入り混じっている。  渦のようにそれが巻いて。一つの波紋となり、ララは真剣な瞳を優に向ける。 「スグル君、確かに驚いて今でも信じられないけど、私はどんな優君でも受け入れるつもりだよ」 「……そうか、それはありがとう」  優はそんなララに軽くお礼を言って。丁寧に彼女の体から離れる。  そして、彼女の手に触れる。エンドの供給。現在も、自分に流れている有り余るエンド。  それをララに託す。これで、出水の怪我も、まだ負傷して動けない人も助けられる。  きっと、まだサーニャがいるギルド協会。そこでは、苦しんでいる人がいるはずだ。  ララのエンドが戻り、急に体が軽くなった。ふわふわとした感覚はとても心地いい。 「それじゃあ、行って来る、ララは……俺みたいになるなよ」 「待って! スグル君!」 「いや、ここはあいつ一人じゃないと駄目だろうな」  出水に肩を掴まれて。叫ぶながら付いて行こうとするララを引き留める。  彼女は、優と出会って間もないのに。そして、怖い存在のはずなのに。  そんな優を恐怖に支配される前に受け入れた。普通の人物なら、泣きながら拒絶するだろう。  このままだと彼女は優の為に無理をする。自分の死を顧みないだろう。  それに、出水は咳き込みながら苦しむ母親を見る。  背中を摩りながら、優しい言葉をかける。  既に見えなくなった優の背中。出水は、真剣な表情で。 「俺達が今やるべきことは、少しでもまだ苦しんでいる人を助ける事! そうだろ?」 「……だな、まだ毒が蔓延してるし俺じゃねえと侵入出来ない箇所があるしな」  出水と飛野はそう言って。互いに頷いて、まずは母親をギルド協会まで送る事にした。  そして、ララはまだ優の見えない背中を見つめながら。  両手を合わせて祈っていた。何も力になれないのなら。こうやって祈る事しか出来ない。  だから、無事に帰ってくる。それだけを願いながら。 「必ず、無事に帰って来てね、スグル君」  ――――――――  ――――  ―― 『本当に一人でよかったのか?』  シュバルツがノースの森へ到着したと同時に。  単独でのラグナロでの侵入は不可能だと。  確かに、四つの門があり、マルセール同様に許可書がないと入れない。  それも、マルセールと違い厳重である。とてもじゃないが、強行突破は考えてはいけない。  そもそも、マルセールからラグナロまでかなりの距離がある。  転移魔術は結界が張られており、部外者が侵入は不可能。  優は全速力で移動しながら。大木をつたりながら、最短距離で向かって行く。  速度は十分。首にかけているペンダントの反応も強くなっていく。  やはり、これは白土に近付くとその力が強くなっていく。  シュバルツの言葉に。優は息を切らしながら。 「いや、むしろこの森なら一人の方が敵と遭遇しても戦いやすい」 『ふむ、確かに前と同じように単独の方がやりやすいかもな』 「地形の理もあるし、前回と違って蜘蛛の糸がある、これを上手く使えればいけるはずだ」 『だが、ラグナロまでは距離がある、それに……国境付近は恐らく憲兵団もいるだろう』  懸念するように。シュバルツは左腕から優に情報を流す。  溜息をつきながらも。優は文句を言わず進んで行く。  とりあえず優の考えは。先ほど見えた映像と聞こえた声。  こちらも動いているのもある。しかし、白土側も優の方に近付いているように思えた。  つまり、白土も自分を目指しているのか。憶測だが、それなら手っ取り早い。  一番のいい方法はラグナロ外で白土と再会する事。  そうなれば無駄な痛手を負わなくて済む。ただ、それは余りにも他人に左右され過ぎる。  なるべく自分で白土を助け出さなくては。そう思うと体に入る力が強くなる。 『しかし、ガリウスも一匹もいないな、イレイザーを先に片付けたのは正解だったな』 「まあね、あの繭を放置してたらここまでスムーズに移動は出来なかっただろうね」 『優……もう少しでラグナロの国境だ、ここからが長くて過酷だぞ』  シュバルツの言う通り。国境に入ってからが長い。  ここからは霧も深くなる。一年間で知り尽くした森と言っても。やはり、この霧は脅威。  視界が一気に奪われて、気が付いたら、敵の的になっている可能性も少なくない。  遂に国境に入る。もう、後には引き返せない。罪人としての自覚はあるが開き直って突き進む。  予想通り、霧が濃くなる。優はより一層に集中力を高めて。木の枝を折りながら。  荒々しく飛び上がって大木に乗り移って行く。  ――――その時だった。優は、すぐに反応に気が付く。  空中で蜘蛛の糸を発生させ、瞬時に足場を作る。  上手く回避して、自分に飛んできた物体を確認する。  銃弾? 近くの大木が貫通する前に。鉄の弾がそれを削っていた。  間一髪で。銃弾の速度に、対応出来た事を褒めるべきか。  いや、そんな暇はない。さらに、二発、三発とこちらに向かって来る。 「防御壁【シールド】」  仕方なく。優は目の前に防御壁を張りながら。大木から地面に降りる。  余程の勢いなのか。下手をすれば防御壁を貫通してしまうぐらいに。  強く、精度の高い攻撃だった。 『気を付けろ! 敵は……一人、いや二人? それ以上だ』 「たく、急いでいるっていうのに」  苛立ちながら。優は敵の位置を確認しようとする。  銃弾の飛来した方向から。優は大体の位置を把握する。  シュバルツも勘を働かせながら。何とか敵の数を調べている。  だが、優が迷っている時。濃霧の中から、一人の女がナイフを突き出してくる。  霧を払いながら。やっと姿を現したその人物。  短剣を即座に取り出し、強化のエンド能力を発動させる。  迫って来るナイフを受け流しながら。顔に掠り傷を受けて何とか致命傷は避ける。  しかし、その女は大木を蹴ってすぐさま方向転換してくる。  勢いよく大木を駆け上がり上空に飛び上がる。  そして、小型の拳銃を構えて優に向けながら。その名前を呼ぶ。 「あはぁ、笹森じゃん! やっぱり生きてたんだね!」  白い歯を見せながら。両手に持っている拳銃を発砲する。  防御壁の強度を引き上げて。それに対応しながら。優は、短剣を放り投げながら。 「赤崎ぃぃぃぃ!」  直線に回転しながら。短剣は赤崎に向かっていく。しかし、すぐに次の銃弾を装填し、それを弾き飛ばす。  彼女、赤崎はサイドテールの髪を揺らしながら。  地面に着地する。弾き飛ばされた短剣はもう使えない。銃弾の威力で刃が欠けてしまう。  いや、その威力が把握出来ただけでも収穫はあったか。  赤崎は、服装の汚れを気にしながら。優との再会に喜んでいた。  余裕という訳か。恐らく待ち伏せしてたのだろう。  国境を守るために配置された憲兵団。赤崎以外にも、その周りに注意する。  だが、赤崎は使用した銃弾を地面に落としながら。 「つうかさ、その白髪似合っていると思ってるの? きっも」  口元を抑えながら。赤崎は、優の変わり果てた容姿に笑いが止まらないようだ。  そして、それと同時に。優の死角から。二体の憲兵が大木から攻撃を仕掛けてくる。  二人は銃を構えながら。容赦なく優を殺そうとしてくる。 「……そこか」  恐ろしく低い声で。事前に仕掛けておいた蜘蛛の糸で二人を縛る。  そして、さらにエンド能力を発動させる。 「衝撃波【ソニック】」 「がぁ! そんな!」 「複数のエンド能力を……こんな簡単に」  短剣の伸びた剣先は。二人を殺すには容易だった。一瞬にして、肉体は真っ二つになり、血が地面に流れ落ちる。  優は何事もなかったかのように。後ろで、声が聞こえなくなった死体を無視して。赤崎に血が付着した短剣を向ける。 「へぇ……変わったのは見た目だけじゃないんだ、すっごい!」 「他人事のように言ってるけど、次はお前だ」  まるで、人が目の前で殺されても何も感じない赤崎。  優の力を目の当たりにしても一切動じない。  そして、赤崎は銃を優に向けながら。とても楽しそうに。 「いいよ、遊んであげる! あんたじゃ私に勝てないって所教えてあげる!」 「悪いけど速攻で終わらせる!」  その瞬間。優は瞬間加速のエンド能力を発動させて。一気に赤崎との間合いを詰めた。
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