第71話 惨殺

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第71話 惨殺

 一方で優達は全速力で沼田達の元へと向かっていた。  荒れる大地を一時的に共に戦う女戦士。ルナ・アルバーノと馬車で移動している。  普通に走った方が速いと優は言ったが、安全面などを考えてこの方がいいと判断した。  そして、話はお互いの素性を探る事になる。 「それで、結局あんた達の目的は何だ?」  優は腕組みをしながら、この退屈な時間に向かい合ってるルナに問いかける。  対して、ルナはこんな時でも礼儀正しく振舞っている。  目を瞑っていたが、その瞳を開けて優達の方を見る。 「……それを聞いてどうするのですか?」  怒ってはいないが、やはり警戒している。  協力関係ではあるが、完全な仲間ではない。  あまり詮索する必要性は感じられない。  と、思っていたが考えてみれば騎士団の団長。敵か味方になるという事は分からないが、ここで情報は知っておきたい。  優は、少し間を開けた後、納得するような理由をルナにぶつける。 「いや、ここに来てるって事はあんたも【ニール村】に用があるってことなんだろ?」 「どうして、そう言い切る? たまたまこの場所に来ただけの可能性もあるが?」 「ここら一帯にガリウスの反応が多数あったんだ……騎士団は、そいつらを殲滅する為にここに来たんだろ?」 「ふぅ、なるほど、先程の戦いから見てやはりかなりの強者として見て取れる、気配の察知……我々の団でも中々いない」  思いのほか感心された。優は、軽くお礼を言って話を元に戻す。  その前に、名前を聞かれて出水が緊張しながらルナに名前を名乗る。 「ふむ、変わった名前だな、もしかすると異国の者か?」 「いや……その、俺達は」  確かにこの世界の現地の人から見たら違和感はあるだろう。  出水は、優をチラッと見て回答を求める。  別に隠す必要性もないと思う優。どのみち、この先……元の世界に戻る方法を考えなければならない。  それに、自分達以外にも【何人かこの世界に来てしまった】人もいるという事実。  もしかするとそういう人達が紛れ込んでいる可能性もある。  出水が名前をルナに伝えた後。優も自分の名前をルナに名乗る。 「あんたの想像通りだよ、俺達はこの世界の住民じゃないよ」 「……? どういうことだ?」 「信じてしれないと思うけど、俺達は別の世界から来た人間ってこと」 「ちなみに、お前の名は?」 「笹森優、これが俺の名前だ」  優が自分の名前を言った直後。今まで仏頂面だったルナの表情が一変する。  その変わり様に、優は見逃さなかった。  何か引っ掛かる事があるのか追究する。 「いや、何でもない! 少し動揺しただけだ」 「……まぁ、いいよ」 「話を元に戻そう、そうだな、別の世界に来たというのは……具体的にどう説明する?」  ルナはとても興味深くこちらを探って来る。  その食いつきように優と出水は怪しいと思ってしまう。  だが、性格的にあまり冗談も嘘も言える人物ではない事は確か。  優は、一息ついて経緯などを細かくルナに伝えた。  そして、全てを話し終えた時。ルナは正座を崩して表情を強張らせていた。 「という事は、お前もあの壺【生贄】になったというのか?」 「お前もって事は、やっぱりまだ生贄で力を得ているって事か……変わらないな」 「あぁ、私も何度かその現場を目撃して、止めた事はある! ただ、やはり上の者、いや、奴らは聞く耳を持たない」  呆れる優と悲しみと怒りが混ざり合っているルナ。  力を求める限り犠牲はなくならない。  手っ取り早く戦力補強と自分達が豊かになる為には、弱い者は淘汰されていく。  特に、ラグナロはこのワールドエンドの中で強大な力を有している。  他の国に遅れをとらないようにする為には、【狂化の壺】を利用しない手はない。  これに大して今まで黙っていた出水が口を出す。 「マルセールの襲撃を覚えてますか? あの時、俺も途中からですけど戦闘に加わりました……ですが、犠牲は多かった」 「何が言いたい?」 「こんな事を言うのはどうかと思いますが、騎士団の人達がもう少し速く来れば……救えた人も多かった」 「……なるほど、つまり我々のせいだと、言いたいのか?」  ルナは目付きを鋭くして出水を睨み付ける。  険悪なムードにはならないように。ルナはすぐに事情を説明する。 「いや、済まない、こちらも余裕が無くて苛立ちを感じている所はある……そうだな、強いて言うならば、今のラグナロは腐っているという事だ」 「それは、まぁ何となく分かるよ、だってそもそもそこの憲兵達が狂っているからね」 「あぁ、しかし基本的に国を動かしているのは、貴族や憲兵……そして、その下に我々の騎士団がいるという形だ」 「化け物から国を守る為に命がけで戦っているのに、偉く力関係は下の方なんだね」 「仕方がない事だ、どの世界でも生まれた家柄や能力、そして運などで力関係はある程度決まる」  ルナは悲しげな表情で優達に話す。  どの世界でも言う言葉に少し疑問点はあったが、気にしない事にした優。  強く、華があり女性剣士なおかつ騎士団長。それなのに、自信に満ち溢れていない。  ルナの心中は、どんなに戦闘能力が高かろうと。たった一人では国を変える事は出来ない。  そして、話は優達が気になるある人物の話に移る。 「それは、新しくなった【勇者】様が物語っている」 「……そいつも、俺達の仲間だったよ、もちろん元だけどな」 「そ、そうなのか!?」  驚きのあまりルナは思わず立ち上がった。しかし、馬車がタイミングよく揺れて優の方に倒れてしまう。  甲冑をしていてあまり目立ってないが、ルナ自身もかなりの胸の持ち主。  視界は真っ暗となり、優の顔は豊満なそれに支配される。  そして、お互いの顔が至近距離になり、傍から見れば恋人同士に見える。  だが、優もルナも恥じらいが全くない。 「済まない、転んでしまった」 「まぁいいけどさ、はやく離れてよ、俺には大切な人が既にいるんだからさ」 「それは悪かったな」  二人は業務連絡のように伝え合ってこの場を静める。  出水はそれを見て、その平然っぷりに感心していた。  そして、同時に馬車も目的地まで到着したようだ。  三人は馬車から降りて、辺りを見つめる。  だが、優は沼田達を察知して、その場所まで駆け抜ける。  出水とルナも優の後ろに付いて行く。その先に待っていたとは。 「……沼田、と誰だ?」 「……っ! ハルト!? こんな場所にいたのか」 「おいおい、どうなってんだよ、あれって南雲と神木? しかも、神木は腕がもげてるぞ!?」  その戦場の異様さ。クラスメイトや騎士団もブレイブも入り混じっての戦い。  そして、気になるのが南雲を守るように立っている人形の存在。  あれが、南雲のエンド能力だとしたら、優は小さな声で語り掛ける。 「シュバルツ、あの能力って?」 『ふーむ、奴の能力は……人形傀儡【ドールマスター】というものだ、これも珍しいエンド能力だな』 「どうした、急に話し始めて」 「あぁ、これは俺の中にいる相棒の【シュバルツ】って奴だよ、変な奴だけど頼りになる奴なんだ」 「シュバルツ……なるほど、とにかく今はあの者を何とかしなければな」  軽く挨拶を済まして、ルナは鞘から剣を取り出す。  人形傀儡【ドールマスター】は攻撃をしても再生する厄介な特性だと言う。  その為、沼田のエンドナイフによる攻撃は非常に有効的だった。  エンドを吸い取り、人形自体の動力源を失わせるからだ。  優と出水による二人による協力攻撃で殲滅してもいい。  だが、二人共先程の黒川との戦いで疲弊している。  表情には出していないが、武器を握る力などが弱く、このまま戦闘に入るのは危険だ。  だが、そんな二人の前にルナが黄金の剣を二人に突き出しながら。 「いや、ここは私がやろう、マルセールの件と先程の無礼の埋め合わせにはならないが、せめてもの償いだ!」  確かに、南雲のエンド能力は連続的に攻撃しなければならない。  エンドを削りながら、相手の攻撃を避けながら行うのは、かなりの戦闘経験が必要である。  だが、ルナには関係のない事だった。  ――――だったら、再生する前に斬るだけの事。  剣を後ろに引きながら、ルナは地面を蹴る。  その存在にいち早く気付いた南雲と人形。 「目立ち過ぎかな?」  ルナにその人形の拳が急接近する。  威力は半端ではない。風が切る音がルナの耳にも届く。  甲冑で身を守っているとは言っても、これは正面から受けたらただでは済まない。  しかし、動きを急速に速め、ルナは瞬く間に人形の顔面付近まで距離を詰める。  ここまで、ものの数秒。そして、剣を突き出しながらこう唱える。 「月光乱舞!」  すると、黄金色の剣が神々しく光り出す。  それは見ている者を魅了するかのように。優達はその光に心を奪われそうになる。  南雲と人形もあまりの眩しさに視界が奪われてしまう。 「……? 何が起こってんだ?」 「がはははは、やっと来たかぁ! 遅いぞ、ルナ!」  沼田は急な助っ人に再び困惑していた。  ハルトは高笑いしながら、その登場した女剣士を出迎えていた。  しばらくすると、剣先が伸び、攻撃範囲がかなり広くなる。  エンドに作り出された光の帯がルナの剣に加わる。  切れ味もリーチも格段に上がり、ルナは殺気を込めて人形に斬りかかる。 「凄そうな剣だけど……このお人形さんの前では、全てが無駄かな?」 「いや、終わりだ」  間髪入れずにルナは至近距離で剣を振り回す。  男性でも慣れるまでは、持つのにも苦労するこの重い剣。  それなのに、何度も何度も。連続で人形に斬りつけている。  人形も斬られた箇所は再生していく。エンドが続く限り、無限に腕も足も回復する。  厄介だ。沼田もハルトも、ルナ達が駆けつけるまでこの特性に苦労していた。  しかし、ルナが発した【終わり】という言葉。  それは閃光のような速さだった。  自身を回転させながらしなやかに体を折り曲げる。  敵の攻撃を回避しつつ、乱舞を人形に瞬く間に当て続ける。 「速い、それに強い……」  出水は見事な動きと剣の技術に惚れ惚れしていた。  自分の二刀流の腕もかなり上がっていたと思っていた。  だが、世界は広くこんなにも強い剣士がいる。  口を開けながら、出水は体を震わせていた。 「ぐぉぉぉぉぉぉぉ!」 「さ、再生が追い付いていない? ……ふーん、つまらない」  南雲が不機嫌にそう言った直後。ルナは留めを刺すように、一気に加速しながら斬りつける。  エンドが人形から漏れ、その原型は跡形もなく崩れ去った。  うめき声がこの場に鳴り響く中。すぐにルナは南雲の方を向き、剣を突き付ける。 「……貴様らが、国を荒し、人々を恐怖に陥れているのは分かっている、これは騎士団長として見過ごしておけない!」  ルナは怒りを抑えながらも、声が震えている。  晴木と楓。そして、一部のクラスメイトが【ラグナロ】に来てから。  若い優秀な戦士が大量に来たととても優遇された。  特に、勇者や賢者と言った力の強い職業が揃っている。  だからこそ、力を得た若者達は横暴となった。 「へぇ、誰かと思えばあの騎士団長様!? すっごーい、一度話してみたかったんです!」 「心にもない事を、こちらからは話す事は何もないけどな」 「ふぅ、まぁ、私も【足止め】は出来た訳だし、もういいけど、黒川君ももうすぐ戻って来るだろうし、そうなったら全員ここで皆殺だしね! あっはははは!」  可愛い顔に反して残虐的な言葉を平気で吐く南雲。  沼田は顔が引きつっており、出水は信じられないような表情だった。  ハルトとルナは、すぐにでも攻撃態勢に移行できるように。互いに無言だがタイミングを計る。  だが、優は違った。 「シュバルツ……あれ、だして」 『おいおい、本当にいいのか? 俺は構わないが周りが……』 「いいから、交渉材料としてはうってつけだよ」 『分かった、ほらよ』  すると、地面に青色の光が急に発生する。  転移魔術。それが、南雲にとって地獄の始まりだった。  送られて来るそれは、もはや面影のない黒川の姿が登場する。  傷や痣が目立ち、全身の骨が折れている。  生きているだけでも不思議だが、それはシュバルツの回復魔術で延命している。  それを見て、南雲は思わず声を上げてしまう。 「く、黒川君……なんだよね? ど、どうしてこんな事になってるの?」  南雲の問いに黒川は反応するが応答は出来ない。  だから、代わりに優が答える。 「こいつは俺達に負けた! だから、こんな惨めな姿なんだよ」 「う、嘘! 黒川君が負けるはずがない! あんなにカッコよくて、優しくて、何でも出来る黒川君が……」 「その結果がこれか?」  優は指をさしながら、腕の無くなった神木を南雲に見つめさせる。  自分の仲間を雑に扱い、信用も親友も無くしてしまう行為。  すると優は、短剣を取り出してそれを黒川に突き刺した。 「うぎゃあぎゃあぎゃあ」  まともに話せない為。痛みで声を出さそうとしても上手く出せない。  優は、その返り血を頬に浴びながら、優は南雲に交渉する。 「全員ここで降伏しろ……さもないと、こいつを殺す」 「ちょ、う、嘘だよね? 同じクラスメイトなんだよ、仲良くしよ!」 「それを本気で言っているんだったら、今まで自分達がしてきた事を振り返れば?」 「ひ、酷い……どうしてこんな事が出来るの!? 人間じゃない! ば、化け物!」  戦意を失ったのか。それとも精神的に脆かったのか。  南雲は心にもないことを、優にぶつける。  周りが静まり返る中。沼田が優に続くように発言する。 「化け物はお前らだろ……どんなに見た目が優れていても中身が伴って無さ過ぎる」 「ははっ! 小僧、よくぞ言った! 状況は正直よく分からんが、俺も許す訳にはいかないな」  沼田は既に呆れ果てており、ハルトは珍しく怒りを表に出している。  そして、優は南雲を追い込むように、さらに黒川を痛めつける。 「さぁ、どうする? 言っておくけど、容赦はしないよ」 「ぐぅ……生贄になった癖に調子に乗って! そうだよねぇ! 大好きな風間君と楓ちゃんに裏切られてそんな風になっちゃたんだよね! 悲しいね」  すると、南雲は狂いだす。狂気が前面に出て遂にその本性が暴かれる。  優は、表情を険しくしながらも感情的にならない。  そうなってしまっては相手の思うままだ。自分を制御して、優はネジが外れたように狂う南雲と向き合う。 「自分だって、黒川に利用されていただけじゃないか、その事実を受け止められないなんて……もう救いようがないな」 「うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい!」 「もういいからさ、殺すよ」  優はもう周りの事は気にせず、南雲に剣を向けた。  その光景をルナは見ていて、表情をとても強張らせていた。  直後に、南雲の悲鳴がこの場に響いたのは言うまでもなかった。  
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