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<真なるモノを求める旅人となれ>
時の扉が開くのは、午前0時。
立春へと日付が変わる夜。
祠の前には旅人として選ばれた4人のガーディアンが〈その時〉を
待っていた。
満月の白い光に照らされて、緊張した表情を見せているのは、
旅人だけではない。
そこに居合わせた者が、皆、一人残らず同様に白い顔をしている。
旅人がここから出発するのは毎年のこと。
初のイベントではないのに、ピリピリと空気が張りつめている。
まるで、部外者が入り込んでいるみたいに。
4人以外のココにいる全員が協会関係者であるから、不安な思いを抱かなくてもいいはず。
なのに・・。
ガーディアン協会~その本部はインターネット内に設置されている。
武芸のみならず語学・一般教養・世界情勢等に秀でた能力を持つ者を
<守護者・ガーディアン>として抱え
世界各国に点在する支部から要請のあった国へと派遣する機関。
特別な箇所に本部を置くことはせず、ネットを通じて各支部間の調整を図る。支部に支部長ポストは存在せず、調整官が数名配置されているのみ。
会社組織と違って、偉いさんやら、幹部といった人間はいない。
だから、トップダウンの『命令を下す』という管理方針が協会には無い。
要人等警護の要請・受理・依頼金決済等は全てネット内で処理される。
各個人へは携帯を通して任務の依頼があるが、強制ではなく受けるか否かは個人の判断に委ねられる。
日常生活を優先させて構わないという規定になっているから
学生も数人が協会の登録名簿に載っていた。勿論一般には非公開だが。
今回旅人となった4人は、自らの意志でココに立っている。
と、言っても旅人になりたいからと簡単に認定して貰えるわけではない。
協会内の選抜試験をパスした者だけが修行者として、
過去(それは異世界という認識)へ行くことを認められるのだ。
*今までに受けた依頼をスムーズにこなせたか。
*依頼主と揉めることは無かったか。
*必要以上に死人・怪我人を出してはいないか。
*力を誇示してはならないという規定に背いていないか。
等々、チェック項目毎の採点を行って、希望者内の選考を実施している。
全てネット上で点数化された結果が、今ココに立つ4人を決定した。
間違いなく旅人は選ばれし者で、協会関係者は見送り兼立会人だから、
そんな怖い顔をしていなくても良さそうなもの。
「仕方ないよね・・」クリス(仕事上のニックネーム、
本名は栗栖 巫都・くりす みと)は、
皆が緊張するのも当然だと思った。
今回の旅は、ただの修行の旅ではない。
今までの修行者が経験したモノとはまるきり異なる旅になる。
そう、彼・・に出会ったりなんかしたら・・
きっと、その緊張感は計り知れないことだろう。
「おい、忘れるなよ。絶対あいつを連れ帰るんだぞ。何があってもだ。」
隣に立つユンが低い声で、唸るように言った。
こくりと頷いたクリスだけれど。
果たして、何がどうなってて、なぜ、彼は帰ってこないのか・・
彼に限って、帰ることが出来ない~なんてことがあるのだろうか?
旅人規定では、一年を限りとして現場所へ戻る、ことになっている。
誰がどの時代へ行くかは、分からない。
今までの資料・報告書に因ると、各国・様々な時代へ出掛けている。
そういった過去の資料を閲覧する限り、帰還(かえ)らなかった者は
一人もいない。
いや、いなかったと言うべきか。
節分・季節の別れめ・に当たる立春・夏至・立秋・冬至~
これらの決まった日に、時の扉が開く。
一年に、帰るチャンスが4回あるのだから。
余程の事がない限り戻ら(れ)ない~ことなど有り得ない
~協会側はそう結論づけている。
一年以上経って帰還(かえ)ってこないのはおかしいと。
何らかの事件性が考えられる。
か、又は本人の意志によるものなのか。
今回の旅人達に科せられた課題~その者を見つけ出し、即刻連れ帰ること。
もしくは、その者が帯刀した〈妖刀・暁〉を持ち帰るべし。
戻る意志のない旅人は『時代の亡命者とみなし、永久に追放する!』
協会が表明した『帰還せぬ旅人』に対する態度は厳しいものだった。
立春とはいえ、まだ夜は冷える。
皆の緊張具合が冷気を通して伝わってくるようだ。
~簡単に彼を見つけることができるのか?
見つけたとして、彼は生きているのか?
どんな状態でいるのかさえ、全く分からないのだ。
果たして、『妖刀・暁』は彼が所持・若しくは彼の身近にあるのだろうか?
それより、彼が帰らない。
と~意志表示したときは?
彼が素直に『暁』を差し出すとは限らない。
その時はどうする?
闘うのか、彼と?
あの、『妖刀』と?
そう考えただけで、体に震えがくる。
自分の手に負えるのだろうか・・~
今、他の旅人達が心の中で何を考えているのか・・
クリスには容易に想像できる。
修行者として異世界へと旅立つ高揚感よりも~不安・惑い・躊躇い~
その方がずっと大きい。
彼らは未知なる場所と時代に対して臆しているのではなく出会った場合の『彼』への対処を想定しているのだ。
「あいつを見つけだすことが出来るのは俺か、お前だけだろうな。
それに、連れ帰るとなると・・。
あの2人には重荷だろう。」
ユンは白い息を吐きながら他の2人をチラリと見てそう言った。
「兄は・・生きていると?」
「クラウドが死んでいるなんてこと・・」あるか?
と、いうような目をしてクリスを見下ろした。
小さく首を横に振る。
「それは・・わからない。」
「フン。あいつは絶対に生きているさ。」
では、なぜ帰ってこない?
時代に長居することは、協会が怖れるように
〈歴史に干渉する〉ことに繋がる。
それを十分に承知して彼は旅人となった、はずなのに?
2年前、同じ日に兄・クラウド(蔵人)はここから旅立った。
そうして一年を過ぎて、帰還の期限を迎えても彼は帰ってこなかった。
今、彼が居なくなってから2年目の春を迎える。
彼は未だに旅人のままだ。
一体、異世界で〈どんなことを〉修行しているのだろう?
「お前なら、俺よりも確実に出会うだろうな。」
そう言うとユンは、眉を寄せてクリスの腰に下がっているモノを見つめた。〈妖刀・紅〉~〈暁〉とは姉妹刀になる。
引き寄せる力はあるだろう。
けれど、だからといって彼を連れ帰ることが出来る~とは言い切れない。
兄・妹~それは便宜上の括りであって実際のところは戸籍上の兄・妹の関係ではないのだ。
血の繋がりはないし、何より、彼が私を妹として認めていない。
たまたま幼い頃、先に引き取られていた私の居住地に、
後から彼が来たという。
ただ、それだけの関係だ。
彼は、妹の存在を厭わしく思っていたのかもしれない。
2人きりの時は、決してクリスに話しかけないし
反対に、話しかけられることも喜ばなかった。
けれど、周囲の者達にはそんな表情を微塵も見せない、良い兄でいた。
兄との会話は唯一、朝だけ。
部屋まで起しに来てくれた時、2言3言の言葉を交わす。
「お前は、ちびで寝ぼすけだからな。」それが彼の決まり文句だった。
朝以外で、自ら話しかけてきたのは、2年前・彼が旅立つ日。
『妖刀・紅』が使い手として、クリスを選んだことを知ったときだ。
慌てた様子で部屋まで来た彼は、狼狽し、怒っているように見えた。
「なぜ・・そんなことが。分かっているのか、それを手にする意味を?
命を・・。」
そう言いかけて、ひどく悲しげな瞳でクリスを一瞥してから出て行った。
突然のことでクリスは面喰らい、呆気にとられた。
何と言っても、彼が〈慌てている?〉ことに驚いた。
『冷静・沈着』な、あの〈ガーディアン〉兄が・・?
血相を変えて、部屋まで走ってきた!?
何が?どうしたというのだろう?
何より、兄・クラウドだって〈妖刀・暁〉の使い手で有るのに・・と。
あれから、時が過ぎ・経験を積んで私は〈妖刀・紅〉の真の所持者となった。
2年前の彼と同様、今、私はこの場に立っている。
祠の中の大鏡・銅鏡に月の光が満ち溢れるときその刻・ときに、
時代への扉が開くのだ。
そうして今、当にその扉が開かれようとしていた。
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