ガーディアン・クリスと時代(とき)の亡命者/Defector

2/34
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
「時は満ちた!! 旅立ちの時である。 修行者として未知の時代へ旅立ちたい者はその場所から踏み出すが良い!!」 冷気の中を協会職員の声が厳かに響いた。 鏡に反射した月の光が作り出す眩しいばかりのその向こうへ クリスは一歩を踏み出した。 背中に何か冷たいモノが落ちていく。 ぎくしゃくとして、思うように足が進まない。 目をしっかりと開かなくちゃ。 そう焦ったとき、スッとユンの体が横切った。 「ほら、おちび。先に行くからな。絶対見つけろよ。」 じゃあ~と言うように、片手を挙げて彼は光の中へと吸い込まれていった。 中東・中華支部所属のユンは兄と同い年で友人だ。 時々は任務で顔を合わせるので、兄の情報を共有してきた。 いつも冷静で感情を表に出さない兄とは対照的で 彼は朗らかで気さくな性格のガーディアンだ。 クラウドが帰らないことを一緒に心配し、クリスを気遣ってくれる。 もう一人の兄貴みたいな存在だった。 クリスが光の渦の中へ足を踏み入れるのと同時に 他のガーディアン・2人も体ごと飲み込まれて行った。 一瞬見えた彼らの色を失ったその無表情な顔は、まるで白い能面のよう。 息をしていないのか、とさえ思えた。 『きっと、私も・・』そうに違いない。 クリスは自分の心臓が飛び跳ねていることさえ、気づかないでいた。 なんのためらいも無く、月光に照らし出されている道を (自ら望んで立つことを選んだのだが)進むのは簡単ではない。 その向こうには想像以上の事・何か・が待ち受けているだろうから。 この期に及んで、尻込みする者がいても可笑しくはない。 そして今回は特別だ。 案件を一つ先に抱えているのだから。 どんな時代と世界が、その先に待っているのだろう? 漠然とした不安を抱き、今までの旅人達同様、時の扉を抜ける。 時の狭間を過ぎる事への怖れより、自分が行く先にある道を歩きたい。・・そこで、兄・クラウドに出会ったら・・? 心の奥底に複雑な思いを抱えたまま、クリスは光のシャワーを通り抜ける。 その瞬間、ブルッと全身が震え瞬時に鳥肌が立った。 ヒュッと、風が真正面から吹き付けてきた。 柔らかな、草の香りがする。 ふわりと体が宙に浮いたよう。 けれど、すぐに自分の足が硬い物を踏みしめていることに気づいた。 なんだか・・眩しい。 でもそれは、まばゆい燦めきではなく。 大地を照らす太陽の明るさだった。 「ここは・・?」周りには、誰もいない。 たった今、言葉を交わしたユン。 他の2人のガーディアン、協会関係者達の姿は? 晴れ渡った空の下、眼下には緑濃い芝生が広がっている。 今、やっと、自分が興奮していることに気付いた。 ~そうか・・な?  ここが・・来た!?  一瞬にして・・? ~ココが旅すべき場所・・らしい。 大きく息を吸ってみる。 それでもドキドキが止まらない。 ぼんやりと、唯ひたすら目の前の景色を見つめる。 少しして、ハッと気づいた。 自分が高い位置に立っていることに。 えっ・・!?何・・? ここは、石の上なの? 360度・体を回して、じっくりと周辺を見回す。 なだらかな丘。 向こうに背の低い林。 舗装された道路はなく。 それどころか、道らしきものが無い。 家もなければ人の姿もないし。 どこからか風に載って鳥の声が聞こえてくるだけ。 そうして、自分が立っているのは巨大な石の上だなんて! ココはちょっと、珍しい所じゃないかな。 平べったいような巨石が円を描くように等間隔に並んでいる。 ざっと縦2mちょっと、横1m位か。 それらが垂直に地面に突き刺さっている。 巨石によって描かれたサークルの内側には白い地面があり。 上から見るとそれはまるで大きな満月のよう。 で、自分が立っているのは・・ 垂直な巨石に挟まれた横倒しの巨石ベッドのような・・ 言い換えれば巨石ステージ・・とも言えるかも? そこに腰を下ろして石の表面を触ってみた。 ほわんと手の平全体に暖かさが広がり、 何だか昂っていた気持ちがスウッと落ち着いてくる。 日差しは柔らかで、吹き抜ける風は穏やかだ。 何より、静かなのがいい。 どんな国の、どの時代に来ているのだろう? ディ・パックを背中から下ろして石の上に寝そべってみた。 じんわりとした暖かさが体に沁みてくる。 さっきまで冷えた空気の中で緊張していたせいかな。 なんだか、眠くなってきた。 そう言えば、真夜中に集合していたんだっけ。 一晩中、緊張しっぱなしだったような気がする。 突然闇の中から、明るい日差しの元へ出てきたら、誰だってホッとするよね。張りつめていたものが少しずつ、ほぐれていくようで。 空をゆっくりと白い雲が流れていく。 そこだけ見ていれば何も変わらない。 いつも見る自分の(世界)の空と。 目を閉じても空の青さが瞼の裏に残っている。 顔に降りかかる陽光の暖かさを心地良いと感じながら なによりも、あまりの静けさにいつの間にかウトウトと眠りに落ちていた。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!