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第2話
第二話
1.
突然、知らないところに閉じ込められて、殺し合いを強要される。
この状況で笑っていられる人間は少数派だろう。
「くくく・・・」
内藤尚人は一人で笑っていた。手にはナイフがある。ナイフを弄びながら、施設の中を一人で徘徊している。
元々、孤立気味だった尚人は誰かと合流する、という発想がなかった。
「殺し合いゲーム・・・殺陣衝動を持つ俺にぴったりじゃないか・・・くくく・・・」
乾いた笑い声が反響する。
「しかし、二人ずつというのは少し厄介だな」
ほとんど人と関わらない尚人は教室内の人間関係も把握していない。誰と誰が付き合っているかも、ほとんどわからない。
「まあ、いい。皆殺しだ」
初めて持った本物のナイフを嬉しそうな顔で見つめる。刃渡りは包丁と同じくらいだが、刃の厚みが違う。人を刺したくらいでは欠けも曲がりもしないだろう。
ずっしりとした重みに本物らしさを感じた。
「くくく・・・早く血が見たいぜ」
「尚人、まだそんなこと言ってるの?」
「うわっ、二千花。いつからそこにいた?」
「ついさっきよ」
内藤尚人は二千花が近づいてくる気配にすら気がつかなかった。
夏野二千花は深くため息をついた。
「なんだよ?」
「別に・・・ねえ、尚人。私とチームを組まない?」
「はあ? お前、ルールを聞いてなかったのかよ?」
「二人なら良いでしょ」
「だからっ、男いるだろ、お前。さっさとどっか行けよ。ぶっ殺すぞ」
「え? 肇のこと? とっくに別れたけど」
「はあ? 別れたって、お前、そんな簡単に」
尚人が知る限り、夏野二千花と波田肇が交際を始めてから一年経っていない。
その時には祝福する気持ちがないではなかった。本気で好き合っているなら、それも良いと思った。
「とっくにって、お前・・・」
「もう四ヶ月くらい前・・・だから、私と組んでも問題ないでしょ」
「なんだよ、それ。なんで、そんなに簡単に」
「今、どっちでもいいでしょ。ねえ、私と・・・」
「うるさい。ビッチ」
「うるさい。ビッチ」
内藤尚人の罵声は狭い廊下に反響した。
波田肇と芳賀日花里はその声を聞いた。殺し合いを強要されている状況下で、罵声を聞けば危機感は高まる。
「誰かが殺されそうになってる・・・急ごう」
「肇君・・・危ないよ」
「クラスメイトが殺されそうになってるかもしれないんだ。それに、殺し合う気は無い。なんとか、説得してみるよ」
颯爽と走り出す。
日花里も少し遅れて跡を追う。
「二千花。二千花じゃないか」
「肇?」
二千花は肇の姿を見ると、早足で駆け寄る。尚人のまぶたがかすかに動く。
「よかった。無事だったんだね」
肇はなにげなく二千花の肩に触れる。
「肇こそ・・・会えて良かった」
「待ってよ、肇君」
日花里が追いついてきた。手の届く距離までくると、日花里は肇の袖をつかむ。
「日花里ちゃん、やっぱり肇と付き合ってたんだね」
「うん・・・でも、今は・・・」
男一人に女が二人。それと、尚人は一人で対峙することになる。
「なんだよ、それ・・・別れたんじゃないのかよ。そんなに簡単にさ・・・」
「肇・・・」
「うん。大丈夫だよ」
「あ・・・ふざけんなよ。クゾビッチが。死ね」
死ね、と言う言葉とは裏腹に尚人は背中を向けて走り去った。
町川美智は波田肇たちのあとをつけて、内藤尚人とのやりとりを観察していた。
ほとんど、身を隠すものもない廊下。しかし、誰も、肇と対峙していた尚人でさえ、美智の気配に気づかなかった。
気配を消そうと思ったら気配を消すことが出来る。
町川美智はそういうことができる人間だった。
「さて・・・どっちにしようかな?」
美智は自分が生き残ることを疑っていない。しかし、そのためには大きな壁を一つだけ超えなければならないことを知っている。
だから、誰かを仲間にする必要がある。
裏切らない仲間を作るなら、どちらに声をかけるべきか?
「わかりきってる」
美智は尚人を追った。
「くそ。くそ。くそ」
一人で地団駄を踏んでいる尚人を見つけた。
「こんにちは」
「うわっ。なんだ、お前?」
「なんだ、とは失礼ね。一応、同じ学年でしょうに」
「ああ、えっと、町川美智だっけ?」
「そう。町川美智」
町川美智の名前は孤立気味で、他人のことに興味が無い尚人でも知っている。
同じ学年どころか、同じ学校内で知らないものはないだろう。
町川美智。腰まで届く長い髪。その長さで少しもほつれがない。専門の召使いに世話させていると噂されている。顔かたちも整っている。整っているとしか言い様がない。むしろ、整っているの定義が美智の顔というレベル。成績は美術や体育も含めて、全科目トップクラス。
これで知られていないほうがおかしい。
「あなた、一人でしょ。私のパートナーにならない?」
「はあ? お前もかよ」
「私は元カレとかいないけど」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、こういう問題かな」
美智は体重を感じさせない軽やかな足捌きで、尚人に体を寄せた。そして、尚人の股間に手を伸ばす。
「よ、よせ」
「いいの? きっと、あいつらもこういうことして楽しんでるよ」
「うう・・・」
「悔しいでしょ」
「でも・・・」
「惨めでしょ」
「うるさい」
「どう頑張っても取り戻せない」
「黙れ・・・」
「だったら、殺しましょう。人を殺してみたかったんでしょ。今度は二対三。言い訳は難しいわよ」
「い、言い訳なんかしてないだろ。いいよ。やってやる。あのビッチ、ぶっ殺してやる」
升雅史。
町川美智の成績が「トップ」ではなく「トップクラス」なのは常に対抗馬が存在しているからである。その対抗馬が升雅史だ。
雅史も、成績だけでなく、外見家柄においてもやはりトップクラス。
「さて、あの女が襲ってくる前に武器を手に入れないと」
ゲーム的に考えて、強力な武器があるのはスタート地点から遠いところ。
「あるいは、こういう見た目が違う場所」
雅史は補強材のついた扉を見つけた。
戸板に耳をつけて、中の様子を探る。人の気配は感じない。中に入ってみることにした。
「む・・・くさいな。なんの匂いだ?」
日常ではなじみのない匂い。雅史は匂いのもとを探る。
「おや? これは・・・」
全裸で床に横たわる男。天井から伸びる鎖に繋がれたまま男の上に跨がる女。
両者とも顔面が陥没している。ピクリとも動かないところを見ると、すでに絶命している。
「ああ、なるほど。これなら誰でも殺せるな」
性器が結合したままだった。状況を見れば、無理矢理性交させられたとわかる。毎回、これができるならルール2はないも同然だ。
「さて、誰が誰を殺した」
頭の中の名簿と、目の前の死体を照合する。
「風間海斗と高神千聖・・・」
この二人を明らかに恨みの篭もった殺し方をする。
「赤坂一花・・・ははっ。やるじゃないか・・・」
「うおおおお。なんだこれは?」
入り口のほうから野太い声がした。
「只野孝・・・仲良しグループか」
孝は千聖の冷たくなった胸を見た。
「ち、千聖・・・お前が殺したのか」
「え? 違うけど・・・おい。話を聞け」
「問答無用。千聖の仇」
孝が雅史につかみかかろうとする。つかんで、逆さにして、床に叩きつけるつもりだっった。
「ちっ・・・」
つかみかかろうとした孝の首に、雅史のつま先が入った。雅史の蹴りが、孝の気管にダメージを与え、数瞬の間呼吸をシャットダウンさせる。酸素の供給を絶たれた孝の脳は一瞬でブラックアウトした。
勇ましく敵討ちに向かった孝は、前のめりに倒れ、尻を突き出す犬のような姿勢で気絶した。
「やれやれ・・・とにかく、ここから離れるか」
赤坂一花と阿東明は周囲の探索を終えて、拷問部屋に戻って来た。二人はなんども周囲の探索を行い部屋の中に武器を貯めていた。
「あれ? 扉が開いてる」
「武器は無事かしら」
慌ててなかに入ると、只野孝が犬のような姿勢で気絶していた。
「一体、なにが・・・とりあえず、拘束しましょう」
腕を背中に回し結束バンドで拘束。
キープしていた武器の無事を確認する。持ち出されたものはないようだ。
「さて、こいつに面白いことしましょう」
尻がスースーする。
寒さで身震いして、只野孝は目を覚ます。
「俺は、一体・・・」
意識を失う直前のことが思い出せない。とりあえず、床で寝ていたことは認識した。体を起こそうとするが両腕が動かない。
「起きた?」
目の前には赤坂一花がいた。金属で出来た花のつぼみのような形をしたものを持っている。
「一花っ。てめぇ、こんなことしてただで済むと思っているのか」
孝は体幹の筋肉だけで起き上がろうとする。しかし、その動きを一花が見逃すはずもなく、頭を踏みつけて抑えつける。
「明君、抑えてて」
「そうする。これ以上、こいつの汚い尻を見てると目が腐りそうだ」
「阿東。てめぇ、このオタク野郎。そのガバマンについても良いことないぞ。前も後も使用済みでガバガバだからよ」
「少し黙れよ」
阿東明は額をコンクリートの床にするつける孝の頭に拳を振り降ろした。明がすでで人を殴ったのはこれが初めてだった。打撃の威力としてはハンマーを使うよりずっと弱い。しかし、やはりというべきか、手応えはハンマーを使ったときより強く響いた。頭蓋骨の固さを感じて、拳が痛む。
しかし、その痛みになにかをやり遂げたような充実感を感じた。
「はーい。これから面白いことをしまーす」
「てめぇ、なにする気だ」
「これを、ここに、入れまーす」
「あっーーー」
今までひり出してきた一番太いやつより何倍も大きなものが、孝の肛門に侵入する。
「あれ? 思ったより入らないな」
一花が孝の尻に挿入したのは、苦悩の梨と呼ばれる拷問器具。本来は女の子の場所に入れて苦痛を与えるもの。肛門には入りきるものではない。
「ぎぎぎ・・・ぬ、抜いてくれ」
「まあ、いいか・・・えっと、このハンドルを回すと開くんだよね」
「おい、ちょっと、待て・・・開くって、なんだ? なにが開くんだ?」
一花は器具の持ち手側にあるハンドルを回す。すると、花のつぼみの部分が開いた。
開いた分、直径がおおきくなり、肛門を広げていく。
「待て、待て、待ってくれ」
運動をしていると筋肉が伸びきる瞬間を感じることがある。これ以上は怪我をするぎりぎりの感覚。
孝は同じ感覚を肛門括約筋に覚えた。
「す、す、すいませんでしたー」
孝は体を真っ直ぐに伸ばした。尻を上に突き出す姿勢だったので、上ではなく下に逃げる形になる。予想外の方向に動かれたので、ハンドルが一花の手から離れた。
(た、助かった・・・)
気をつけの姿勢。運動部で先輩や先生の説教を食らうときの姿勢。つまり、孝にとっての謝罪の姿勢。
それが通じたのだと思った。
しかし、肛門の拡張が止まったのは、ただ単に手が滑ったことが原因。
謝意はまったく届いていない。
「ちょ、っ、ケツ、いた、あ、謝ったのに、ちょっと、お前、おかしいだろ」
「えいっ」
急にハンドルが軽くなった。
その瞬間に、孝はブチッという音を聞いた。一緒に練習をしていたやつがアキレツ腱をやったときに同じ音が聞こえた。
仮に、生きてここから出られたとしても、人工肛門が必要になる。一生、ズボンのなかに排泄物を貯めるためのケースを仕込んで過ごすことになる。その状態では激しい運動はできない。匂いも完全に閉じ込められるわけではない。
孝は自分の状態を正確に把握したわけではない。しかし、自分の体が回復不能なダーメー時を受けて、元の生活に戻れないことは理解した。
体育会系的ないかつい見た目の只野孝の目から一滴の涙がこぼれた。
一花は苦悩の梨を、孝の肛門から引き抜く。銀色の花びらに、血液と尻からでる茶色いもののかけらがこびりついている。
「食べ物は無駄にしちゃいけないよね。ほら、口開けて」
「それは食べ物じゃ・・・あがが・・・」
喋ったタイミングで、阿東明が両手を孝の口に入れた。力尽くで口を開かせる。
一花は血液と汚物にまみれた苦悩の梨を孝の口にねじ込んだ。孝の口の中に鉄臭さと感じたことのない苦みが広がる。蕾がのどまで届いたところでハンドルを回す。喉が異物を吐き戻そうとヒクヒク動くが開いた花弁がのどにつっかえてビクともしない。
「ひゅー、ひゅー」
花弁の形状のおかげで喉に隙間が残った。孝は小さな隙間から吸う。喉から笛のような音がする。
「こひゅーこひゅー」
孝は小さな隙間から必死で空気を吸う。空気を吸おうとすると、悪臭が気管から登って来くる。苦悩の梨にこびりついた汚物の匂いが内側から鼻の粘膜を犯す。
(まだだ。これさえ取れれば、こいつらなんかぶっ飛ばして・・・)
孝は両手の拘束を引きちぎろうとする。腕は結束バンドで左右の親指が結びつけられているだけだ。結束バンドはプラスチック製で、幅も五ミリ程度しかない。部活で鍛え上げた両腕ならできるはず、と孝は思った。
だが、バンドはビクともしない。プラスチックのバンドが指の肉に食い込むばかりで、拘束は少しも緩まない。
(く、くそ・・・う、うぐぐ? の、喉がかゆい・・・)
それの感覚はヒザやヒジなど皮膚の弱いところが、汗でむせるかゆさに似ていた。しかし、体の内側、薄い皮膚よりも弱い粘膜で味わうそれは頭がおかしくなりそうなほど強力だった。
(手が、手が・・・いや、息が・・・)
わずかに残っていた空気の通り道が塞がった。
(なんで・・・息が・・・できない・・・)
粘膜に、汚物が直に触れている。雑菌はあっという間に繁殖して炎症を引き起こした。喉の内側が腫れ上がる。膨れあがった肉が、器具と喉の間にあった隙間を埋めてしまった。
「・・・っ、・・・っ」
酸素の供給が絶たれた。あまり良くない頭も、自慢の筋肉にもエネルギーが供給されなくなる。全身の細胞が飢餓状態になり悲鳴をあげる。肉がつっぱり、苦痛を発した。
空気が流れなくなったので、鼻の中から臭気が抜けない。
意識が遠くなる。
エネルギー不足の脳が少しでも生き残ろうと、いらない機能をストップさせていく。皮膚感覚が消えた。指を締め付けるバンドの感触がなくなる。聴覚が消えた。一花と明の声が聞こえない。視覚も黒く塗りつぶされる。
しかし、嗅覚だけは動いていた。喉に詰まったものが以上の原因だと判断したので、異物の匂いを探知している鼻の機能を止めるわけにはいかなかった。
(く、くさい・・・)
その嗅覚も維持できなくなる。
汗とホコリと太陽の匂いの仲で生きてきた只野孝の生涯は自分の大便の臭いのなかで幕を閉じた。
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