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右腿に硬いものが押し付けられていた。
仮にそれが拳銃で、銃口の硬さであればまだ諦めがついただろうと思う。
ええと、この状況はなに?
あまりの寝苦しさに目を覚ますと、真衣夢ちゃんが俺の身体に覆い被さっていた。二人分の重さを従えて、ベッドが柔らかく沈む。
小さな頭が、鼻先をくすぐるように目の前にあった。息を吸い込むと、全身の骨が抜き取られるような、甘い、蠱惑的な香りが脳髄に染み渡った。
真衣夢ちゃんは、その幼さには似つかわしくないような熱っぽい瞳で見つめ、「あは」と喘ぐように笑った。
俺の右腿は真衣夢ちゃんの両脚でがっちりホールド。
で、硬いものがぐいぐいと、擦り付けるように押し付けられている、と。
(ああ……マジかよ)
そんなのもう、あれしかないじゃん。
あれ以外、考えられないじゃん。
なぜならこの館には――、
ああ、そういえばイカロスさん、こんなこと言ってたっけ。
『あの“娘”たち、いま発情期のようですから、くれぐれも気をつけてくださいねー?』
くれぐれも、と言うわりには、そういったアクシデントを歓迎するような口調だった。
翠川イカロスは、この奇っ怪な館――『ジレンマの館』の主である。
しかし、その名で呼ぶものは――、
れろん。
首筋を、真衣夢ちゃんに舐められて、我に返る。
ちょっと待て。やばいやばい。
このまま抵抗しなければ、めくるめく淫靡な世界が俺の日常を容易くぶっ壊すことだろう。
とりあえず、声を出そう。対話こそが人間の武器だ。
「あの、真衣夢ちゃん……大変申し上げにくいんだが、なんか、すっげー硬いのが当たってるんだけど……」
「やだ。おにーちゃん、えっちだねー」
俺がえっちかどうかについての議論は後日に回して頂くとして、そもそも自分がこの娘をえっちの対象として見られるか、という部分に関しては、現段階において『ノー・サンキュー!』の三行半を突きつけたい。
真衣夢ちゃんは、どこからどう見ても女の子だ。
薄い胸や貧しい尻を差し引いても、醸し出す雰囲気、男に訴えかける劣情は女の色香と遜色ない。いや、下手すればそれを上回るかもしれない。
この館を、『ジレンマの館』と呼ぶものはもういません、とイカロスさんは言った。
私なら、諧謔を込めてこう呼びます――、
『男の娘の館』と。
そう、
この館に、女性はいない。
みんな、男の子。
つまり、真衣夢ちゃんも男の子。
諧謔?
悪趣味の間違いでは?
真衣夢ちゃんは薄桃色のパジャマのポケットをごそごそとまさぐり出す。
おいおい、その手の位置は、
「待て、待つんだ真衣夢ちゃん! いじってんのか!? 出すのか!? 脱ぐのか!? ちょ、やめ、いやっ、うおおおおい!!」
声の限りに叫んでみたが、真衣夢ちゃんは行為に没頭して表情が甘くとろけている。
どうにかして止めさせなければ――と、
ふいに、右腿の硬さが消失した。
「え?」
「あは、おにーちゃん、なにを想像してたのかな? おにーちゃんに欲情して、いけない部分ぐりぐり押し付けたとか思っちゃった?」
オーイエス。返す言葉もございません。
真衣夢ちゃんはにんまりと、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、右手に握り込んだ注射器を俺に見せつけた。
あー、うん、なるほど。
真衣夢ちゃんの股のあたりで硬さを誇示していたのは、ポケットにしまわれた、ただの注射器だったのか。これは傑作だ。注射器を男の象徴と勘違いするなんて、この氷上蝶太郎、一生の不覚である。
「はっはっは、これは一本とられちゃったな」
「あはっ、おにーちゃん、欲求不満じゃないの? そんなにお望みなら……」
真衣夢ちゃんは真っ赤な小さな舌を、べえ、と出した。
そこから唾液が一筋、俺の胸元をべちょっと濡らした。
「ねえ、本当に、シちゃう?」
はっはっは。
注射器?
なんでそんなもん持ってんの?
銃より怖えーよ。
俺、なにされんの?
そもそも俺、この館に何しに来てるの?
そう――、
まずは、そこから語ろうか。
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