15人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
*****
去年の5月のこと――。
「おい、雫、数学の宿題見せてくれっ」
朝、教室に到着するなり、同じクラスの蓮があたしに声を掛けてきた。彼の必死な形相を見ながら、「またか」とあたしは軽く溜め息をつく。
「またやってきてないの? 圭太くんに見せてもらえばいいでしょ」
「圭太もやってないってさ。な、お願い。このとおり!」
今度は両手を合わせてお願いしてくる。この光景はいつものこと。蓮の儀式かと思う位だ。あたしは呆れながらも通学バッグから数学のノートを取り出すと、彼に渋々差し出した。
「サンキュ! 恩に着るぜっ」
半ば奪い取るようにしてノートを手にした蓮は、そのまま圭太くんの待つ机へ一直線にダッシュした。
「雫ってば、ホント、ダーリンに甘いんだからぁ」
その一部始終を見ていたクラスメイトで親友の奈美が、ニヤニヤしながらからかってくる。
「やめてよっ。ダーリンじゃないし!」
間髪入れずあたしは反論した。
実際、あたしと蓮は付き合っていない。彼は小学校から同じ学校に通う、腐れ縁の幼馴染みだ。そのせいか、蓮は他の女子よりもあたしに対して馴れ馴れしく接してくる。だから周りから恋人同士に間違われる、なんてこともしょっちゅうだった。あたしは蓮のことなんて何とも思ってないっていうのに、ホントいい迷惑だ。
「ね、それよりさ、今日ウチのクラスに転校生が来るって知ってた?」
「転校生?」
奈美の情報に、思わず目が丸くなる。
「うん。すっごい美人らしいよ。職員室に行った野村さんが、ヨッツと話してるのを見たんだって」
「へぇっ」
『ヨッツ』とは、このクラスの担任である四ツ谷先生のこと。ちょっと小太りだけど、親しみやすくて生徒から人気がある若い男の先生だ。でもさすがに本人目の前にして『ヨッツ』とは呼べないから、本人のいないところで密かにそう呼んでいるのだ。
それにしても、もう五月も中旬。随分と半端な時期に転校してくるもんだ。普通は新学期に合わせて転校してきそうなものなのに。しかも、そんな『すっごい美人』が、特に何もないこんな田舎の高校に、なんて。
最初のコメントを投稿しよう!