1.都会からの転校生

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「じゃあ、次のページを大場、読んで」 「はぁい」  国語の授業でヨッツに指名されたクラスメイトが、教科書を持って椅子から立ち上がり朗読を始める。 「やうやうほど近うなり給ひては、さすがに君たちの恋しさもひとかたならずおぼえ給ひ、后の宮まだ里におはしませば、参り給へり――」  ヨッツの穏やかな授業の中、窓から入ってくるそよ風に誘われて頭が机の上に落ちていく生徒も何人かいた。ヨッツは教科書を持ったまま席の間をゆっくり回り、そんな生徒の頭をポンッと軽く手のひらで弾いていく。 「――はい、そこまで」  区切りの良いところで、ヨッツは朗読を止めた。 「この『やうやう』は清少納言の『枕草子』でも使われているよな。みんなも中学校で習っただろう。『次第に』とか『徐々に』という意味だったな。覚えてるか?」  そして、「夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、ほたるの多く飛びちがひたる……」と歌うように言いながら、またゆっくりと教壇へと戻っていく。 「今年ももうすぐ蛍の時期だな。そう言えば、今年の『蛍姫(ほたるひめ)』候補は決まったのか?」  その問いかけに、眠そうな生徒も興味ありげに頭を起こす。  ヨッツの授業は、よく脱線する。それは単調な授業中に出現するありがたいオアシスだった。そのおかげで、時々襲ってくる睡魔からあたしたちがどれだけ救われていることか。 「まだでーす」 「今年は誰だろうね」  教室の中が一気に盛り上がり始めた。  『蛍姫』とは、この地域周辺にある20校の高校から可愛い女子生徒を一人ずつ選出して、その中から一般投票で選ばれた子に与えられる、一応名誉ある称号だ。この地域が蛍で有名なのもあって、『蛍姫』ってネーミングになったんだそうだ。  今年も7月に行われる神社のお祭りに合わせて『蛍姫』が決定される。暗黙の了解で毎年3年生の女子から選出されているけど、今年はまだその候補の名前すら挙がっていなかった。
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