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#間章・水色の蝶
「他人……ですか」
数多の物語がひしめき合うこの世界で。私にとっての名も無き少年はそう言った。茶髪で、チェーンのピアスなんかを付けた狩人見習いの少年だった。名前なんて知らない。私は他人に興味なんてない。
「成る程、成る程」
然しながら、気持ちは理解できないでもなかった。誰にも気付かれることがなくなってしまっていた、妖精のように希薄な存在。彼女は私に似ている。友達のいない私に、とても似ている。去り際に、彼女の澄んだ瞳が私に気付いてじっと見上げてきた。
「さようなら、さようなら」
ファインダー越しに彼女を見つめながら、私は手を振って差し上げる。そしてパシャリとカメラのシャッターを切った。彼女は何かを言いたそうだったが、この距離で声が届くはずもない。だから、彼女は唇だけを動かしてどこかへ去って行ってしまった。
あなた、だれ……?
「気付かれてしまいましたね」
さて、私は誰だろう。恐らくはだれでもない。ここにいるけれどここにはいない。
「……よし、お仕事完了、っと」
私の手の中にある、蝶の模様が刻まれた美しいカメラ。その、5つの宝玉のうち4つめが輝き始める。あとひとつ。それで、長かったような短かったような観測は終わる。
「次で最後でしょうかね」
すべてすべては他人事。彼はこの街を役割分担の王国と言ったけれど、すべての人間が同じ目的に向かっているとは限らない。
「では……また、次の物語で。」
首からカメラを提げた私は、ビルの屋上で、フェンスにもたれて自分の長い髪を撫でる。とにかく気だるかった。不意に、そんな私のそばを、美しい水色の蝶が舞っていった。けれど、そんな麗しい幻覚を遮るように、どこかでけたたましいクラクションが鳴り響く。一抹の墨が落とされたようだった。
「………………うるさい街……」
今日も空は青い。
誰が死ぬとか生きるとか、そんなこと関係ないとばかりにただ青い。
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