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「あーあ。ついに記念すべき百回目、きちゃったかあ」  ――なに言ってるんです、まだ九十九回目のはずでしょ。   男の声だった。日向井あおいは一瞬ギョッとする。あたりを見回すが、待合所に声の主らしき人物は見当たらない。  謎の声の言ったとおりだった。まだ百回目と決まったワケじゃない。でも、とあおいは肩を落とす。どうせ百になるに決まってる――。 「どうかしました?」 「いえね、だれかに声かけられた気がして」 声をかけてくれたのは胸に名札をつけた小柄な女性。名札には七番よしのと書いてある。 「きっと疲れてるのね、あたし。うまくいかなさすぎて」  アハハとあおいが自嘲すると、彼女は苦笑いした。 「わかります。こんなにうまくいかないの、就活以来です」 「ウソ! あなたみたいな可愛い子でも? 聞き上手だし絶対だいじょうぶよ」 「そんなことないです。人見知りで全然だめで。こういう場も、ともだちに誘われないと到底来れませんでした」  よしのー、会場開いたわよー。遠くのほうから三人組の女性が彼女を呼んでいる。 「それじゃ、お先に失礼します」 「ねえよしのさん。初対面だけど、少しお話しただけで誠実なのがすごくよく伝わった。だからきっとだいじょうぶ、自信持って!」  よしのははにかむと、ちょこんとお辞儀をして去っていった。 見た目はすこし地味だけどきっと大丈夫。問題はあたしよねとあおいは溜息を吐いた。 三十三歳。仕事なんて適当にして、もっと早く婚活始めればよかったとあおいは思う。女は若さが武器だもの、三十路では門前払いといったありさま。猛烈に結婚したい。なのにあんまりあぶれてしまうものだから、いまではすっかり婚活自体に引け目を感じ、異性とうまく話すことさえできない始末。  受付で事前の予約メールを見せて会場に入ると、やっぱり百回目決定だわと天を仰いだ。  参加する女子のほとんどが、どうみても二十代だった。 ガックリと肩を落とすあおいの目の前に、案内板が掲げてある。可愛らしい装飾でこう書いてあった。 『平日限定! 神が舞い降りる婚活パーティー』  あおいは案内板をにらむ。 「蹴とばしてやろうかしら……」  中はパーテーションで仕切られた簡素な個室が並んでいる。 今回は二部構成。一部はひとり五分の持ち時間で、参加する異性すべてと会話する。これらの個室はそのためのものなのだ。 司会進行役なのか、彫の深いイケメンがやってくる。 「三番あおいさん、こちらへどうぞ」 「お構いなく。だいたい勝手、わかりますし」  百回ちかくも繰り返すと、言われずともなんとなくわかってしまうのが悲しい。ガックリとうなだれるあおいに、司会者は心配したらしい。 「どうしました。元気ありませんね」 「今日もきっとだめ。そう思うと、気が滅入っちゃって」  司会者は急にオロオロすると、あおいにこう耳打ちした。 「あおいさん。実はあなたにお話ししたいことが」  ホホウ、これが例のやつねとあおいは思った。 婚活パーティーは参加者を途中で絶対帰さない。帰すと他の参加者があぶれてトラブルになるからだ。そのためいまにも帰りそうな参加者がいると、あなただけの通達とか、特別サービスだとか気を引くようなこと言い、どうにか最後までいさせようとするのだ。  どうせ参加費半額だとか言うんでしょ。てっきりそう思っていたら、司会者は変なことを言った。 「このままだと、あなたは女神になってしまいます」 「は? 女神? あたしが?」 意味が分からない。あおいは考える。きょうはコスプレ趣味コンだっけ?  「あっ、失敬。じつは僕、こういう神でして」  差し出された名刺でいよいよワケがわからなくなった。 『オリュンポス派遣 人倫部恋愛課 エロース』 見ててください。エロースはそう言うと、指を鳴らしてあおいの背後に瞬間移動した。今度は分身。さらには、驚くあおいの頭の中に声を響かせてみせた。 ――どうです? 信じてもらえました?  唖然としていたあおいはハッと我に返る。 「まさか、まだ九十九回って言ったのは……」 「僕です。進行があるんで手短に言いますよ。あなたに神の力が芽生えつつあります」  あおいは飛び上がった。神の力! 彼が言うからにはウソじゃないのよね。あおいの脳裏に妄想が膨れ上がる。やだもー、それってどんな力? 福袋のアタリを見分ける力? それともお肌に合わない化粧品を返品できる力かしら? すっかり浮足立つあおいに、エロースは心して聞いてくださいよと前置きした。あおいは清純な乙女の顔つきで言葉を待つ。 「あなたに芽生えた神の力は、異性を惹きつける力。要するにモテます」  あおいはブースにすっ飛んで行く。「ウソだったら承知しないんだから!」 「話はここから――、ってちょっと! 話はまだ終わってませんよ!」  なんだか知らないけど運が向いてきたわとあおいは思った。女神というのも、きっと恋の女神に違いない。ロマンチックでステキ! でもどうして『なってしまう』だなんてエロースは言ったんだろう。それならなってもいいのに。まあいいや! あおいは仕切られたブースに飛び込むなり、目をハートマークにした。 (やだ、好み!) ブースにはすでに男性が待っていた。小柄だがイケメンだ。足元を見ると磨き抜かれた革靴か目についた。席に座っていてもわかるほど不自然にヒールが高い。でもそんなのどうだっていいわとあおいは思った。素敵な男性だし、なにより、こっちは三十路のババアなんだから!  ――ちょっと聞いてますか。女神になりたくなければ、今回の婚活、絶対相手をみつけてくださいよ!  失敗しても成功してもバラ色の未来が待っている。あおいは全然話を聞いていない。 「まったくもう……、それではスタート!」 「はじめまして、高井田透と申します」  自己紹介する男性の反応があきらかに違った。声が上ずり、目を見張っている。期待されているのがわかる。 あおいはだらしなくデヘッと笑った。男子に期待されるだなんて何年ぶりかしら。このほうれい線を見るなり、露骨にガッカリされてたこれまでとは大違いだわ。 「ご職業、年齢は? 趣味はなんですか?」  矢継ぎ早に繰り出される質問に、あおいは内心ほくそ笑んでいた。この婚活もらった!  職業は専門学校の事務員で、趣味は読書とランニング。齢は三十三歳でーす! 自信満々でそう言おうとした。だがあおいは、まったく別のことを口走っていた。 「ステキなシークレットシューズですね!」  ブースの空気が凍った。 「ち、違うんです! 口が勝手に……!」   絶句する彼に慌てて詫びようとしたが、意思とは裏腹に、あおいのクチがまた勝手にうごく。止まらない。 「変わった靴ですねえ。いったいどこに行けばそんな靴買えるんです?」  五分経った。入れ替えだ。 「最ッ低!」 高井田はカンカンになって出ていった。わけがわからない。あおいはブースから出るなりエロースに掴みかかった。 「どうなってるのこれえッ!」 「だから最後まで話を聞きなさいって。力というのも異性を惹きつける。と、同時に」 「同時に?」 「失言を繰り返します」  猛烈なヤな予感がした。あおいの膝がふるえる。 「じゃあ、あたしに芽生えた神の力って――」 「失恋です。あなたは婚活に失敗しすぎたせいで、失恋の女神になりつつあります」  あおいは白目を剥いて絶叫する。 「イヤよそんなのォー! 結婚願望の化身みたいなあたしが、永遠に独り身で暮らせってっての? そんなの耐えられないわーッ!」 「そう言うと思ってました。いちおう、上司のゼウスはふさわしい独身寮を用意するっていってますよ。好きなだけ飲んだくれられるよう、ワインを樽で支給すると」  ギリシャ調の神殿でへべれけになりながらハープをかきならすさまがあおいの脳裏をよぎった。整えた髪を逆立てて怒鳴る。「絶対イヤーッ!」 「ハッ、そうだわ、筆談があるじゃない」 「手が余計なこと書いちゃいます」 「いっそ黙りこくる」 「クチは勝手に動きます」 「なんとかしてくれない?」 「コンプライアンスに引っかかるんでダメ」 「打つ手なしじゃん!」 「僕なら諦めます」  エロースは時計を気にしながら言う。 「重要ですからよく聞いて。今回失敗しちゃうと百回目の失敗になりますよね。そうなるとあなたは失恋の女神になっちゃうんです。結婚とはいかずとも、カップリングには成功してください。そうすれば助かりますから。ほら、ちょうど異性を惹きつける力があるでしょう?」 「同時に失言しちゃうんでしょ! どうしろってのよ!」  エロースはスイッと視線を逸らしてこう言った。 「希望はありますよ……、たぶん」 「たぶんってなにさ!」 「うわっ、もうこんな時間。進行に戻ります。あおいさんも早く!」  あおいはドタバタとブースに駆け戻る。以後五分毎にあおいは立ち代り入れ替わり、男子と面談を繰り返す。だがそのたびにクチが勝手に動き、悲惨な失言を繰り返すのだった。  香水のきつい男性には、 「鼻、ついてます?」 目上の男性には、 「大変でしょう、若作り」  ハゲのオジサンにはゲラゲラ笑って、 「ステキなかぶりものですね!」   アッという間に一部が終わってしまった。休憩タイム。あおいは絶叫する。 「あたしもうおしまいよォーッ! これからは失恋の女神として、永遠に創作の題材にされるんだわーッ!」  「ま、まだ希望はありますよ。二部があるじゃないですか」 「希望? あると思う? 第一印象最悪なのに?」  エロースは黙ってしまった。 「ほらみなさい! 絶望的じゃないの!」 「でも、あなたは僕じゃない。諦めないで。あなたのいいところは、弱音や泣き言を言うわりに前向きで、決して諦めないところなんですから。振られっぱなしだけど、こうしてパーティー来てるでしょ? 百回も」 「そうだけど……。でもホントよく見てるわね。やっぱり神さまはなんでもお見通し?」 「そ、そりゃあまあ。それに、人間を応援するのは神のつとめですし。二部の準備があるんで、僕はこれで」  諦めないでくださいよ、そう念押ししてエロースは去っていった。入れ替わりに、他の参加者の雑談がきこえてくる。 「聞いた? ハゲにハゲって言ってる人がいるの。びっくりしちゃった」  あおいの心はいよいよ落ち込む。うわっ、あたしのことだ……。 「あんな可愛げのないことを大声で言っちゃって。あれじゃだめよね」  ウンウンそうよねとあおいは思った。言われて当然よね。相手も傷つけてることだし。 「今回はイタダキね」 「ええ、引き立て役がふたりもいるんだから」  えっ、ふたり? あおいは耳をそばだてる。言っているのはよしのの友達三人組だ。 「いつものように、二部はあの子を利用するわよ」   「あの子もバカよねえ、いまだに気づいてないんだもん。婚活はバカを制する者が勝つ」 「そうよ。婚活で重要なのは、バカを利用する機転よね」  あおいはふと人の気配を感じた。振り返ると、よしのが涙目で立ち尽くしていた。 「あなた、まさか……」  聞いてたの、とまで言えないあおいに、よしのは無言でうなづいた。 「ええ、なんとなくわかってました。職場でそれほど仲良くないのに、いつも呼ばれるのはなんでだろうって。ともだちだと信じたかったんですけど、違ったみたいですね」  よしのさん……。そう言ったきり、あおいは声をかけられなかった。 「それよりあおいさん、一部ではどうしたんです? 失礼ですけど、あおいさんらしくない振る舞いだったと思うんです。なにかあったんですか?」  よしのは目じりの涙を指で払うと、心配げな表情であおいを見つめるのだった。 自身が最も傷ついているのに、出会ったばかりのあたしを気遣ってくれるなんて……。 なんてすてきな女性なのとあおいは思った。こういう人こそ、いいパートナーと巡り合って、幸せになるべきだ。なのにこのパーティーのしくみじゃ、彼女が幸せになれない。そもそも、たった五分の自己紹介でなにがわかるというのだろう。  それにしてもあの連中め……。そう考えたとき、頭にエロースの声が響く。  ――人のこと考えてる場合ですか。もっと自分のことを考えて!  あおいはきつく目を閉じる。 「――うん、わかってる。自分のやるべきことは」  あおいは考える。あいつらはたしかに言った。婚活に重要なのは、バカを利用する機転、と。   二部が始まった。  二部は広間で立食パーティーだった。はじまった途端エロースの声が頭に飛んでくる。 ――あーっ、もうだめだあ…… 「ちょっと! なんであんたが言うのよ!」  ――わかってるくせに、この状況! その通りだった。あおいは男性陣すべてから距離を置かれ、白い目で見られている。 「完ッ璧に嫌われてるわね……」 ――そうですとも、第一印象最悪なんですから。 エロースは続けて叫びを飛ばす。これ以上嫌われたらおしまいです。ほとぼりが冷めるのを待ちましょ、ね? あおいは考える。待つですって? 待っても時間を消費するだけ。行動するしかない。  ――また失言したらどうするんです。今度こそ取り返しはつきませんよ? その通りねとあおいは思う。どうやっても失言する。それが嫌なら、男子から離れるしかない。しかしそれでは、婚活自体が失敗に終わる。 「だから手段はひとつだけ。あたしから男子に近づくしかないのよ」 会場がどよめく。エロースが思い留まるよう声を飛ばす。しかしあおいは止まらない。高井田のもとへ進み出た。シークレットシューズを履いた彼だ。 「なんど見ても、素敵なシークレットシューズですね。背が低いことを気にしてるんでしょう?」  高井田の顔が引きつった。会場にクスクスと忍び笑いが起きる。 「またやってる。こりないわね」 「最低。ああいう人は御免だね」  エロースがあちゃあ、という感じで目を手で覆った。「もうおしまいだあ」  そうかしらとあおいは思う。ひとり五分の持ち時間は、人を判断するにはあまりにも短い。ほとんど誤解で終わる。けれど、一歩踏み込めばきっとうまく伝わるにちがいない。そうすればできる。失言を失言でなくすことが――。  もう一度失言するのはこわかった。でも、誤解されたままのほうがもっとこわかった。 「ねえ高井田さん、たしかにあなたチビだわ。でもどうしてそんな靴を履くんです? たった五分の持ち時間でしたけど、すばらしい印象でした。気にする必要なんてないわ。背が低くたって、あなたの魅力は変わりません。かえって愛嬌なくらい。あなたはとっても素敵な男性です」  暗い表情だった彼は、ひまわりが咲いたように笑った。 「ありがとう!」  会場すべての男女が目を見張った。 「あたし口下手なうえに、ほら、五分じゃ伝えきれないでしょう? ごめんなさい、傷つけてしまって」  彼はニッコリ笑うと、あおいに握手を求めた。 「いいえ、話を最後まで聞かない僕も悪い。おかげでわかりました。くだらない見栄を張ってたんですね」  ふたりが握手すると、ワッと感嘆の声が会場に巻き起こった。そういうことだったのか! エロースの驚く声が頭に響く。  ――すごい、大逆転じゃないですか!  あおいはニッコリと笑う。 「失言したからって、萎縮しちゃダメだって気づいたのよ。話すこと自体を恐れて黙ってちゃ、いよいよ誤解を招いちゃう。だからキチンと伝えようって思ったの。すごく怖かったけどね」 ――五分という短さも利用するなんて……! 「利用したのはそれだけじゃないわ。みて」 一部始終を見守っていた男性陣は、全員目をハートマークにしていた。 「いい人じゃん! 誤解してたよ」 「そうそう、五分じゃ短いよ。言いたいことをうまく伝えられなくて当然だ」 ――そうか、神の力は失言させるだけじゃない。あなたに異性を惹きつけもするんだった!  まるでリバーシの逆転劇をみるような変化だった。男性陣が一斉にあおいにあつまってくる。 「このあとのご予定は?」 「連絡先を交換しましょう!」  一方でこの変化に焦る人間もいた。よしのを引き立て役にしていた三人の女性陣だ。なにやら耳打ちしている。 「やばくない? このままだと、あの女にねこそぎもっていかれちゃう!」 「どうする?」 「機転を利かせるのよ。真似ちゃえ。それに、私たちにはよしのがいるじゃない。ここで利用しなくていつ利用するのよ」  三人の女性は狡賢く嗤うと、手近な男性に声をかける。 「ねえあなた。私服のセンス、すこし残念ね。いっしょに服、買いに行きましょうよ」 「よしのはどう思う?」 「えっ、私は服なんてどうでも……」 「またそうやって男に媚を売る。イヤね」  男性はムッとした表情でよしのを見る。 「そ、そんな。私はなにも……」  あおいはその瞬間を見逃さなかった。 「やると思ったわ、あの三人」  エロースはあおいの真の狙いに気づいたらしかった。  ――まさか、一番の狙いは――  「ええ。この瞬間を待ってたの」  ――待った! それじゃあなたはどうなるんです?  あおいは声を無視してエロースのもとに歩み寄り、マイクを奪い取る。 「ちょっとそこのあなたたち。さっきまで散々あたしを陰で嗤ってたくせに、有利と見るやプライドを捨ててアッサリ真似るのね。機転を利かせて有利な側につく。賢いことだわ。世渡りには必要なことだわ。でも結婚には向いてない。なぜって? 結婚は一蓮托生、富める時も貧しいときも愛し合う愚かさが必要だからよ。そんな生活に、あなたがたみたいな小利口な生き方はふさわしくない。きっと不利と見るや相手を置いて逃げ出すわ。機転を利かせてね」  そうだそうだ! 会場の男性陣が賛同の声を挙げる。 「本当にいい女性ってのはよしのさんよ。たしかに地味な見た目で引っ込み思案。でも、すこし長く接すれば、彼女のひとを思いやるこころは誰よりも強いってわかるはずだわ!」  ほら、見る目のない男性諸君、行った行った! あおいがマイクを捨ててそう言うと、会場の男性陣はよしののもとに集まっていく。そのなかには、高井田透、シークレットシューズの彼もいた。  よしのが大勢の男性に囲まれている。そのさまにあおいはニッコリと笑うと、ウエ~ン、とベソをかきながら会場を後にする。 「これでおしまいだわ、さよならニッポン、これからは失恋の女神として神話に登場するからよろしくねえ~ッ」 「ちょっとちょっと、まだ終わってませんよ」とエロース。追いかけてきた。 「なによ同僚ッ、言われなくてもギリシャに行くからほっといてよ!」 「だから、まだ終わってないんですって。ほら後ろ、振り返ってくださいよ」  後ろから、「ちょっと待って!」と靴を脱ぎすて駆けてくる男性がいる。高井田さんだ! 「あおいさん。もしよろしければ、僕と連絡先の交換……、いえ、結婚を前提に付き合ってくれませんか?」  あおいは笑った。 「冗談ですね?」 「本気です」  えっ……。言葉を失ったあおいの目を、高井田はまっすぐにみつめていた。 「い、いいんですか? 失言で、あなたをまた傷つけるかもしれないのに」 「それがどうしたっていうんです? 僕はあなたに惚れたんです。強くてやさしい人だ。だからこれからは、僕があなたを守る。あなたをしあわせにさせちゃくれませんか」  あおいは信じられなかった。「ねえ、エロース、これって……」  エロースは満面の笑顔でうなづいた。 「ええ! 失恋の女神にならずに済みます!」  あおいは泣いた。やった、ついに幸せがやってきた! 高井田と抱きしめあって飛び跳ねる。エロースは言った。 「まったく、大したひとだ。これだから人間はすばらしい」 「ありがとう、エロース。あなたがいてくれなくちゃ、いまごろどうなっていたか」 「全部あなたの力ですよ。もっとも、あなたの力は強力で困りました。力に目覚めてからいよいよ困りましたけどね」 「えっ、それってどういう――」  末永く、お幸せに。あたたかな祝福の言葉を残して神は去った。 あおいは気が付いた。エロースはあおいのことをよく知っていた。わざわざ危機を教えに来てくれた。励まし、ずっとそばにいてくれた。その意味がわかったとき、涙がとめどなく溢れるのだった。  エロース。彼は愛を司る神だった。
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