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「あっ、ん……ん、やっ……」
「なあ、定期的に会ってくれるなら、もう少し金渡せるけど」
「だ、め……」
「毎週金曜、この時間にさ」
「駄目だってば……ぁっ、あ……」
俺は何度もかぶりを振ってそれを拒否した。怖くて仕方がないのに、その怖さから逃れるために危うく頷いてしまいそうになる。こんなの一度きりでも駄目なのに。定期的に関係を続けてしまったら、安定している生活が崩れてしまう。
孝行息子の翼が。頼れるつばさが。
崩れてしまう──。
「なあ、マジに考えてくれよ。翼くんが嫌がることはしないからさ」
「そんな、こと……言われても。──え?」
この男は今、何て言った。
「今何て言った?」
「嫌がることはしない」
「その前」
「マジに考えてくれ」
「その後」
「翼くん」
「っ……!」
俺は咄嗟に体を引き、目の前で笑う「男」の顔を改めて凝視した。
知らない。こんな男、一度だって会ったことはない。
「ど、どうして俺を……」
「あ、やっぱり気付いてなかったのか。俺は始めから気付いてたけど」
こんな男、……知ってる。会ったことがある。
たった一度だけ。それも、今日。
「……もしかして」
俺は震える声で問いかけた。既に下半身は萎えている。
「もしかして、武虎の英会話教室の……」
「桜井蒼汰だ。よろしく」
──やっぱり!
「よ、よろしくじゃないっ。何なんだよこれ、俺を騙したのか!」
「違うって、俺も会うまで気付かなかったんだ、完全な偶然だよ」
「途中から知ってて、ここまで……」
「始めはシラを切ろうと思ったけど、何か悪い気がしてな。変装用の眼鏡してたから分かんなかったんだろ。高かったんだ、これ」
動揺する俺を満足げに眺めているのは、紛れもなく夕方に会った英会話の講師だ。どうして今まで気付かなかったのだろう。暗かったからか、眼鏡をかけていたからか、顔なんて碌に見ていなかったからか。
「正体はバレたけど。金払うんだし、最後まで付き合えよ」
「か、金なんか要らなっ……あ、あぁっ」
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