第1話 沢野家の長男たち

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 これからみんなで、力を合わせて頑張って生きていこうね。  それを言った俺はまだ小学六年生で、姉貴の複雑な事情なんて全く知らされていなかった。女の人は大人になったら赤ちゃんを産む、程度の知識しか持っていなかったから、姉貴が赤ん坊を産んだのは当然のことで、なおかつ大変喜ばしいことだと信じていたのだ。叔父という立ち位置もよく理解できず、俺はお兄ちゃんになったんだ、と誇らしい気持ちで一杯だった。  俺の言葉に父さんは泣いていた。姉貴もベッドの上で、自分の子供を見つめながら泣いていた。……今思えば姉貴のあれは、諦めの涙だったのだ。 「翼くん。ちょっと出掛けてくるから、武虎を見ててくれるかな」。  退院してから僅か一ヵ月後。そう言い残して、姉貴は死んだ。一応は交通事故ということになっているが、多分、自殺だった。  武虎を見ててくれるかな。  俺は初めての弟──正確には甥だが──に舞い上がって、赤ん坊のためのオモチャを抱えながら満面の笑みで頷いた。世話を任されたのが嬉しかったのだ。既に眠っている武虎の腹を優しく撫ぜ、姉貴に「行ってらっしゃい」とまで言った。姉貴にとって人生の最期に耳にした言葉は、多分俺のそれだった。  罪滅ぼしと言えば大袈裟かもしれない。だけど姉貴に任された以上、俺が責任を持って武虎を育てなければならないのだと、未だに感じている。あれから六年経った今でも。 「つばさ」 「え、……」  ハッとして顔を上げると、リビングのテーブルに国語の教科書を開いた武虎が目を丸くさせて俺を見ていた。風呂に入る前の宿題。食事の片付けも風呂を沸かした記憶もあるのに、もうそんな時間になっていたのかと一瞬驚いてしまう。 「ん。なに……? 何か言ったか」 「言ったよ。今度のサッカー、おれがキーパーやるんだって言った」 「え、武虎キーパーやりたいのか。大丈夫か?」 「コーチが上手って言ってくれたから、できるかもしれない」 「すごいな、責任重大じゃん」  武虎は毎週金曜の英会話教室の他に、土日は地元町内会が主催のサッカークラブにも通っている。地元の子供達と一緒に練習をして、他の町内の子供達とも試合などをするのだ。俺の幼少時代と比べて随分と活発である。引っ込み思案だった俺は、知らない子達と一緒にサッカーなんて絶対にできなかった。
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