第1話 沢野家の長男たち

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 いつもなら父さんに言えば何とかしてくれただろうが、武虎は先日ゲームを買ってもらったばかりだ。それも、友達が皆持っているからという理由だった。優しいけれど決して甘やかすことはしない父さんが、一週間と経たないうちに再び高額のものを買ってくれるとは思えない。 「だめかな」  出来ることなら買ってやりたい。子供にとって自転車があるとないとでは世界の広がりが違うし、それが理由で武虎が友達と楽しく遊べなくなるのは悲しかった。それに、武虎は普段からあまり物をねだる子供じゃない。偶々、同じ月に欲しいものが二つできてしまっただけだ。  買ってやろう。父さんが駄目なら、俺が。 「うーん、考えとくよ。武虎が学校のテストで百点取ったら、とか」 「ほんと? おれ頑張る。ありがとう!」  ……はたから見れば、俺は「よくやっている」。十八歳にしては「しっかりしている」。だけどこの年齢の若者が遊びもバイトもせずに家事だけをするというのは、多分、あまり良いことではない。  若いのに働きもしないで。将来のことは考えてるの? 甥っ子の世話を理由に、怠けているだけじゃないの。──そんな「働く母親達」の声が聞こえてきそうだ。俺は耳を塞ぎ、頭を振る。  本当のところ、自分でもどうしたら良いのか分かっていなかった。 起床して朝飯と父さんの弁当を作り、武虎を学校に行かせ、洗濯と家の掃除をして、夕飯の買い物に出掛け、そうこうしているうちに武虎が帰って来て、夕飯を作って遊び相手になって風呂に入れて寝かせて。それで一日が終わりだ。  今はまだ、武虎が小さいから。もう少し大きくなって一人で留守番ができるようになれば、俺も近場でバイトを探せる。将来を考えればちゃんとした会社の正社員になるべきだけど、今はそこまで考えることができない。考えようとしても頭の中にノイズが走り、その先の絵が浮かんでこないのだ。  会社でも結構な役職に就いている父さんは、「俺に何かあってもお前達が生活に困らないように手を打ってあるから、金の心配なんかいらない」と言う。「バイトでも趣味でもやりたいことがあるなら、それを優先させろ」とも言ってくれる。 父さんは、武虎よりも友達の少ない俺を心配しているようだった。俺がこの齢になっても一度として恋人を作らないことも。  武虎がもう少し大きくなれば働ける。自分の中で決意はできているけれど、今現在の漠然とした焦りは払拭することができない。仕事のこともそうだが、友人や恋人という年相応の楽しみが持てないでいる自分に、心のどこかでいつも焦りを感じていた。  武虎がいなければ、などと思ったことは一度もない。でも、少しだけ想像してみることはある。 もしも俺が一人だったら、今頃はどんな人生を歩んでいるのだろう。自分のために働き、ちゃんと生活できているだろうか。大学にも行っていただろうか。友人に囲まれて恋人とデートをしたり、しているだろうか。  考えたって、無意味なのは分かっている。
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