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「うん。簡単なアルバイト。君くらいの齢の子なら、皆やってるだろ」
「何をしろって言うんですか」
「じっとしててくれればいいよ。時間にして三十分もかからないんじゃねえかな」
それって、もしかして売春じみたことをしろと言っているのだろうか。
「い、嫌です」
「じっとしてるだけなのに?」
「だってそんな、援助交際みたいな真似……」
「二万払うけど」
一瞬、金額の大きさに思考が停止した。男はその隙を逃さず、更に距離を詰めて俺の目を覗き込んでくる。
「少しの間じっとしてるだけで二万円のバイト代。悪くねえだろ」
確かに、それが本当だとしたら悪くない。触られるのは嫌だが、触らせられたり痛い思いをするよりはずっとましだ。三十分間じっと耐えれば二万円。時給千円のアルバイトなら二十時間分の給料だ。
「………」
二万円で、武虎の自転車が買えるだろうか。
ぼんやりと思い、打ち消して、だけどまた考える。そんな汚れた金でとは思うが、金は金だし関係ないとも思う。俺は早急に金が必要で、武虎もなるべく早く自転車が必要で、そうすれば武虎はもう一人だけ走らずに済むし、友達と仲良く遊べるし……
「おい、大丈夫か? そんな考え込むなら止めとくからいいよ」
「本当にじっとしてるだけでいいんだな」
覚悟を決めれば、断られると思ったのか逆に男の方が怯んだようだった。
「ああ、……」
「本当だな。それ以上のことしたら、警察に行くからな」
「疑り深い奴」
「でも、約束してもらわなきゃ困る」
懇願するように言うと、男が噴き出して俺の肩を再度抱き寄せてきた。
「分かったよ、約束する」
囁き声と共に、男の唇が近付いてくる。冷たくなった頬に息が触れるほどの距離だ。縮こまって強く目を瞑ると、男の唇が俺の頬へ押し付けられた。
「………」
初めて男にキスをされた。もちろん、女からされたこともないけれど。
ただ頬にキスを受けただけで震えてしまうなんて、少し恥ずかしかった。経験がないのを白状しているようなもので、男がその弱みにつけこんできたらと思うと怖かった。
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