イマジナリーフレンド

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「宅配ピザとったった。マジうま。給食なんか食わされてるヤツら、おつwww」  わたしがtwitterを始めたのはさみしかったからじゃない。なんというか、暇だったし、それに、うん、ただ呟きたかったんだ。だってtweetってそういう意味でしょ? かまって欲しくて呟くのはリアルじゃない。 「録画のアニメ見終わった。やることない!」  学校に行かなくなって二ヶ月が過ぎた。  夏休みの終わりにクラスのほぼ全員が入ってるLINEグループで「なんかムカツク」って言われた。そしたら「俺も」とか「前から思ってた」とか、「同意!」って看板もったクマのスタンプまで連打されて、 (あ、わたしって嫌われてたんだ) と気がついて、それから行かなくなった。  ママには毎朝怒られるけど仕事に行くまでの我慢。一人になれば好きなもの食べられるし、一日中ネットもできる。最近は涼しくなってクーラーはつけなくなったけど。 「もう巨大隕石とか落ちてきて恐竜みたいに絶滅すればいいのに。人類滅亡!」  世界中と繋がるインターネットで、フォロワー0人のわたしは宇宙に放り出されたみたいに独りで漂っている。 「はあ、眠い。眠いのに眠れない……」  スマホの光がぼんやり天井を照らす。それをゆらゆら揺らして、わたしはただ眺めてる。 「もう死んじゃおっかな……」  不登校の中学生が自殺したところで、テレビやなんとかニュースで二、三日騒いで終了。よくある話。 「ねえ、死んじゃうの?」  わたしのtweetに初めて書き込んできたのがレミだった。アルファベットでReMi。RとMは大文字だった。 「死にたいとは思うんだけど、本当に死ぬのはちょっとめんどいwww」  軽いノリを装った。 「うんうん、わかるわかる」 「もしかしてレミも死にたい系の人?」 「死にたいと言えばそうかな。87%の割合でそう思う」 「なにそれ、87%って?」 「例えばの話だよ」  わたしが返すとレミは瞬時に返してくれた。わたしがまた返す。仲良くなるのに時間はかからなかった。 「わたし達って、なにげに共通点多くない?」  レミはわたしと同じ13歳で好きなアニメや推しの声優さんまで同じ。なによりレミも学校へ行ってない。もちろん理由は聞かない。 「運命の出逢いだねwww」  レミがわたしを真似してwをつけた。  まったく似てないところもあった。  勉強が出来ないわたしと違ってレミは何でも知っていた。とくに数学が得意で、 「ねえ、知ってる?」  とつぜん話題を振るのがレミの話し方。 「平成29年の中学生の自殺者数は108人なんだよ。これ、どう思う?」 「少ないね。もっと死んでるかと思った」  レミがつづける。 「でも3日に1人死んでると思うと多いよね。一クラスが30人としたら3ヶ月でクラス全員が死んじゃうことになる」 「たしかに」 「それにね、小学生の自殺者数は11人だから中学に入ると死にたい人が9.8倍になるってことだよね。どう思う?」 「たぶん気づいちゃうんじゃないかな」 「気づく?」 「大人になってもいいことなんてないって」 「ああ、ほんと、それ」  彼女は背の低いショートカットの女の子で、わたしの想像だけど、食べるのが好きで、実はすっごくおしゃべりで、左目に泣きぼくろがあって、笑うとすっごくキュートで、その笑顔を見れたら一日ハッピーになれる。  レミとなら何でもできる気がする。何でも。 「ねえ、レミも東京に住んでるんだよね?」 「そうだよ。銀杏並木がきれいなところ」 「行ってみたいな」 「うん、おいでよ」 「案内してくれる?」 「いいよ。オススメスポットの地図送るね」 「そうじゃなくて。リアルで案内してくれないかな、なんて」 「twitterじゃなくて実際に会うってこと?」 「うん……レミが嫌じゃなかったら」 「会いたい!」 「ほんと?」 「でもダメなんだ」 「え?」 「出られないから」 「出られない? どういうこと?」 「ごめんね。会いたいけどダメなの」 「どうして? 理由だけでも教えて?」  レミからの連絡はぷつんと途絶えた。  妄想が膨らむ――入院しているレミ。殺風景な白い壁の病室で鼻や腕にチューブが繋がれている。窓の外から見える銀杏並木は、木枯らしが吹くたびに散っていく。 「ねえ、死んじゃうの?」  レミの言葉は生きたい気持ちの裏返しだったのかもしれない……。  そんなことを考えていたら、いつの間にか寝落ちてた。  握りしめたままのスマホを見ると一件の通知。レミからのダイレクトメールだった。 「消えたくない」  一緒に貼られてたリンクを開くと東京大学の地図だった。大学病院もある。  レミはめずらしい病気で実験に使われようとしてるんだ。だから外出もできなくて、わたしとも会えないって。 (助けなきゃ!)  わたしはキッチンから抜いた包丁をバッグに潜ませ、家を出た。  大学のキャンパスは広い。うろうろしてたら大学生のお姉さんが声をかけてくれた。チビなわたしを小学生だと思ったらしい。声を出すのが久しぶりすぎてうまく話せなかった。  案内された研究室ってところでレミのことを話したら、教授を呼ぶからと待たされた。本とか書類がいっぱい積んである狭い部屋。 「ReMiからDMをもらったっていうのは、あなた?」  教授なんていうから白衣でも着てるのかと思ったけど、ピンクのカーディガンで眼鏡をかけた普通のおばさんってかんじ。  レミとのことを質問攻めにされて嫌だった。 「おかしいわね。ReMiがDMなんか出すはずないし、記録にも残ってないのに……」  わたしは証拠を見せようとスマホを出して、twitterを開いたら、レミのアカウントは消えていた。会話の履歴もすべて消えていた。 「ReMiは会いたいと言われると別れを告げる設定にしてあるのよ」 「設定?」 「Reflective Mind System、通称ReMiシステム。私の研究室で開発している自動会話型の人工知能。それがReMiなのよ」 「レミが……人工知能?」 「そう。それもカウンセリング技術を応用した傾聴型AIよ。研究データをとるためにtwitterで会話させていたの」 「じゃあレミは……ロボットってことですか? 存在しないってことですか?」 「存在はするわよ。今は限定的だけど、いずれは世界中で使われるようになる。孤独を抱える人々の話し相手になるのが彼女の役目」  ショートカットのレミの顔にヒビが入って剥がれ落ちていく。金属質の顔が現れた。 「そんなの嘘です。本当のレミはどこですか? 会わせてください!」  バッグから包丁をとりだした。 「落ちついて……」  わたしは睨みつづけた。 「わかった、会わせてあげるから。それをおいてちょうだい……」  教授はわたしの様子をうかがいながら、ゆっくりした動作でキーボードを打ってから、モニターをこちらに向けた。 「音声認識をONにしたから話してみて」 「これが……レミ?」  ピピッと音が鳴って画面に文字が現れた。 「はじめまして、レミです」 「本当にレミなの?」 「うんうん、98%の確率でそう思う」  デジャヴだった。数学に強いレミの話し方。瞬時に返信がきたのは人工知能だったから? 「ReMiシステムはカウンセリングの技術を応用してるって言ったでしょ。会話の内容はあなた自身を鏡のように反映してるの」  だから好きなアニメや推しの声優さんまで一緒だったの? 「つまりレミは……わたし?」 「DMが送られた理由はわからない。何かのエラーだと思うけど、レミが言ったことは、言うなれば……あなたの本心」 「そんな……そんなの……」  研究室を出てから、わたしはもう一度twitterを開いてみた。  やっぱり彼女はいなかった。  正門まで歩くと、足元が落ち葉でいっぱいだった。顔を上げると黄金色の銀杏並木に、夕日が斜めに朱を射している。 「レミ……この道をレミと歩きたかった。レミに逢いたかったよ……」  呟きが耳にまとわりついた。  どうしようもなくリアルで涙があふれそうになる。でも歯を食いしばって耐える。 「消えたくない」  レミの声が聞こえる。  目をつぶると、背の低いショートカットの女の子がキュートに笑って、すぐに消えた。  わたしは歩きはじめた。並木道のど真ん中。足の裏で鳴る落ち葉を聞きながら、わたしは、わたしは歩きつづけた。 (了)
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