第二章 残された筆跡

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 荷物の詰まった鞄を持って、修道院の門の前に立つ。目の前の道にはほとんど人通りはなく、この修道院は街にあるとはいえやはりどこか、俗世とは離れたものなのだろう。  何を見るでもなく道の向こうを見ていると、音を立てて馬車がやって来た。馬車は私の目の前で止まり、馬が牽く車の中からひとりの男性が降りてきた。彼は一礼をして私に声を掛ける。 「お待たせいたしましたヨハネさん。 では、早速こちらへどうぞ」  迎えの男性にこちらも一礼を返す。 「はい。それではお世話になります」  馬車に乗り込み、男性と向かい合わせに座る。ひとことふたことだけ言葉を交わし、それから私は鞄からノートを取り出してページを捲る。  馬車が走り出す。いつもこうやって不規則な揺れに身を委ねながらノートを見返しているのだけれども、この揺れはかつて、アマリヤさんから天文について教わり、共に研究していた時のことを思い起こさせる。観測したことを元にした暦や蝕の計算が上手く行かなかった時の不安や焦り、新しい気づきを得たときの喜び、そういったものはいつも不規則にやって来ていて、馬車の揺れの不安定さと重なる気がするのだ。  ぢっとノートの文章を読み返す。書かれている文の中には、物事の説明をするためにアマリヤさんが付けた記録を引用している部分がある。それは私が書き写した物ではあるけれども、まるでアマリヤさんは今でも生きているかのような錯覚に陥る。  目の前から声がかかる。 「ところでヨハネさん。あなたに天文学を授けた方は、今どうなさっているのですか? この国でも指折りの学者と伺っているのですが」  そう、アマリヤさんは修道院のあるあの街から出ることはなかったけれども、他の修道士の手を通じて学説を発表するなど、そう言った活動もしていて、その評価はこの国の中でも著しく高かった。  アマリヤさんは、今は、そう。 「あの方は修道院で研究を続けています。 あまり外に出たがらない方なので、私が代表として学会に出ております」 「なるほど。いつかお目にかかって直接お話を拝聴したいと思っているのですが、それだと難しいですね」 「そうですね、なんといいますか、人見知りも激しい方ですので」  和やかにそう話をして、プラネタリウムのことを思い浮かべる。  アマリヤさんの体は死んでしまったけれども、彼の精神は未だあのプラネタリウムの中で、星と遊んでいるのだ。
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