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全4/13エピソード・連載中
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 翌日も環は昼過ぎに買い物に出かけた。別に昶の休憩時間に合わせたわけではなく、仕事のきりが良かったのがその時間だったからなのだが、環の姿を見つけた昶が遠目でもわかるくらい纏う空気を変えたときには、来て良かったと思った。無愛想だと思っていたのは単に新しいバイトを始めたばかりだったのかもしれない。今では本当に毛並みの綺麗な大型犬のように思える。  昶が休憩時間を取って、例のスペースで一緒に弁当を食べることになった。休日は人がいることもあるのだろうが、平日の半端な時間、他に人影はない。 「アールグレイって、人の名前なんだよ」  昶の飲んでいたパック飲料について知識を披瀝すると、昶は「マジですか?」と食いついてきた。 「イギリスの首相で伯爵だった人が紅茶会社に依頼してね……」  なにしろおたくだから、こういった小話の知識にはことかかない。しょうこと一緒にいるときはもちろん彼女のほうが博識で、もっぱら教えてもらうほうに回る環だが、昶が自分の話を「知らなかった……凄い」といちいち感動しながら聞いてくれるのは、心地のいいものだった。 「世間知らずだから、勉強しなくちゃ」という自身の言葉通り、昶はなんの話でも素直に吸収しようと思っているようだ。沢山並んだ自販機と同じくらい上背のある仏頂面の彼の瞳が、新しい知識を得ると子供のようにきらきらと輝く。それが楽しくて、環も次から次へと話してしまう。 「……それでね、……ッ」  話の途中でむせ込んでしまうと「大丈夫ですか?」と昶が顔を覗き込んできた。 「うん、ちょっと喉がいがいが……久し振りに人類とこんなに喋ったから」 「人類」  昶は苦笑するが、漫画家をやっていると数週間人と話さないことなんてざらだ。しかし、ちょっと興が乗って喋りすぎたくらいで喉が嗄れるとは。情けないなと思いつつふと時計に目をやると、小一時間が経過していた。 「俺、そろそろ」  昶がゴミをまとめて立ち上がる。環もそれに倣ってゴミを捨て、店をあとにした。結局昶の休憩時間いっぱいを奪ってしまったことになる。楽しそうに聞いてくれてはいたが、一応はこちらが年長者なのだから、気を遣わせたかもしれないと反省した。  ――でも、楽しかったな。  楽しかったから、途中でやめられなかったのだ。 「――環さん!」  一瞬、気のせいかと思った。ちょっと去りがたいと思っている自分の心が聞かせたものかと。 だがふり返ると、そこに昶はいた。もう白シャツの上にスーパーのグリーンのエプロンをつけた姿で、駆け寄ってくる。  なにか忘れものでもしただろうか。環のほうからも駆け寄ると、昶は「これ」と手を出した。反射で同じように差し出したてのひらの上に、ぽとりとなにかが落とされる。 「のど飴?」 「それは、無駄遣いじゃないんで」  昶はそれだけ告げると、来たときと同じに駆けて戻っていく。しばらく呆然とその背を見送って、環はやっと我に返った。 「あ、ありがと……!」  大きな背中で揺れるエプロンの結び目が、いつまでもひらひらとまな裏に残った。
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