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いきなりお坊ちゃんとふたりきりなんて、私にどうしろというのだ。
「波瑠さん、子供は好きですか?」
「はい?」
「そうですか。波瑠さんはもう三十ですから、出産年齢としては決して早くはありませんので、急ぐ必要があるでしょう。僕としては、一年後には第一子、その後、年子で三人が希望です。性別は、長女、長男、次男の順が理想的ですね」
失礼な。私はまだ二十九。三十にはなっていない。それに、なんなのだこの人は。ひとりで勝手に話を進めている。
「あの……」
「僕は、結婚後、女性は家庭に入り、夫を支え子育てをし家庭を守るべきであると考えています。また、妻として母としての務めを果たすことが、女性として正しいあり方であり、家庭円満の秘訣だと考えています。波瑠さんは今、自営業で多忙であるとお義母さんから伺いましたが、今後あなたには主に結婚準備に当たってもらわなければなりませんし、結婚後は当然、専業主婦になるのですから、仕事は、今すぐにとは言いませんが、遅くとも結納までにすべて整理し廃業してください。ちなみに、結納までの期間は、結婚式、新婚旅行、結婚後の住居その他諸々の準備に要する時間を考慮して半年と考えています。蛇足ですが、女性は結婚後も家庭での役割を果たした後であれば当然、一個人としての自主性は尊重されるべきです。事情が許す範囲内での趣味をもつことについては、僕は寛容ですのでその辺りは心配には及びません」
こいつ……頭、沸いてる。
「新居についてですが、これは、現在、敷地内に別棟を建築中で、半年後には入居可能です。家具等必要なものはそれまでの間にあなたの意見も取り入れて揃えますが、結納、結婚式、ハネムーン、住居に関しては母がすべて取り仕切りますので、母と相談し進めてください。それから、夫婦生活は週三……」
「ストップ!」
私は立ち上がって叫んだ。
「波瑠さん、今は僕があなたに話をしているのですから、最後まできちんと聞くべきじゃありませんか?」
お坊ちゃんは、私に向けて人を小馬鹿にしたような口角を少し上げただけの笑いを見せ、銀縁眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。
私は失礼なのはてめえだろうと、怒鳴りつけたい気持ちをぐっと堪え、冷淡な口調で言った。
「もう結構です。あなたの仰りたいことはわかりました。母に用事がありますので、これで失礼します」
もうこれ以上、このお坊ちゃんと同じ空気すら吸っていたくない。私はそのまま居間を出てバタンと大きな音を立て閉めたドアに寄りかかり、ふーっと大きな溜め息をついた。
廊下からダイニングキッチンを覗くと、母はひとりで手土産らしき菓子箱を前にして、ど・れ・に・し・よ・う・か・な、と唱えながら、饅頭を選んでいる。それを横目で見ながら声をかけずに通り過ぎ、階段を上がった。
二階の自室へ行き、押し入れから特大のスーツケースを取り出して床に広げ、実家に残してあるさしあたり今着られそうな衣類と、必要な本や小物類を次々乱暴に放り込んだ。
ベッドの上で丸くなって寝ていたみーさんは、そんな私に驚いて首をもたげ、目を丸くしている。
ベッドに腰をかけ、みーさんを撫でた。
「みーさん、ごめんね。お姉ちゃん、しばらく帰ってこられないわ。夜はちゃんと栞里ちゃんとねんねするのよ? 間違っても、あのオバサンと一緒に寝ちゃ駄目よ、潰されるから」
気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らすみーさんの背中を撫でながら、ベッドにゴロンと横になって引き寄せ、キスしてもらおうと顔を寄せると、代わりにカプッと齧られた。
「痛いよ……」
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