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足先に煌めきを
「………龍之介。お前、男のくせにこんなの塗ってんの?」
腰掛けたベッドが軋みを上げた。
視線を自分のつま先に落とす。ここ、と示された箇所。左右の足の小指の爪にゴールドのペティキュアが施されていた。
「あ」
「気付いてなかったんだ?女にペティキュア塗られて指摘されるまで気が付かないとか」
声は笑ってるけど顔が怖い。なんか機嫌でも悪いみたいだ。
「うるさいなァ、あんまりよく覚えてないんだよ」
「その女と寝たのいつ?」
「一昨日、だっけなァ」
「………最近じゃん。俺知らないよ?」
「お前に報告してなんになるんだ」
「まさか、この前言ってた婚活の子?」
「まぁな」
僕だって三十路も半ばを過ぎて、そろそろ焦ってんだ。
この歳になると男でも周りには既婚者ばかりになって、僕みたいな独身者は肩身が狭い。まぁ、婚活の理由はそれだけではないが、とにかくまだ足掻いてみたいお年頃なのだ。
「ふぅん………どんな子?」
幼馴染であり友人の吉村 丈(よしむら じょう)はテレビをわざわざ消して、隣に座ってくる。
ギシリ、とまたベッドが鳴った。
「どんな子って。この前も話しただろ」
するとどこから取り出したのか、あいつは手帳をペラペラとめくり始めた。
「うん?ああ。この子か。姫乃薫子(ひめの
かおるこ)、29歳。住んでる所は近い。………うげぇ、親と同居かよ」
「派遣社員で働いているんだ。別に無理して一人暮らししなくてもいいだろ」
「でもよぉ。この歳で親と同居って………なんか地雷っぽくない?」
「うるさい。経済観念ちゃんとしている子なんだよ」
それでもまだブツブツ言いながら手帳のページをめくり、またどこから出してきたのかボールペンを回し始めた。
「そういうものかねぇ………趣味はヨガ、ヨガぁ? 火でも出せるかねぇ。あと手足伸びるとか」
「インド人じゃあねぇよ」
確かにヨガって聞いて僕も一瞬頭によぎったけど。
「んで」
ずいっとにじりよってきた仗が僕の肩に手を置いて囁いた。
「身体の相性はどうだったの?」
「………」
「あれ?」
「………」
「あれれぇ?」
俯いて顔をあげられなくなった僕にあいつは楽しそうに追い打ちをかける。
「もしかしてぇ、勃たなかった、とか」
「うるさい、黙れ、殺すぞ、死ね」
「わぁお、悲惨」
ちっとも悲惨だと思っていない口ぶりだ。むしろすごく嬉しそうじゃあないか。
人の不幸を笑うなんてこれでも友人かよ。
「ほらほら泣かないの」
泣いてなんかないよ。情けなくて泣きそうだけどな。
「ここぞって時失敗しちゃうこと、俺だってあるから」
嘘つけ。お前は常に余裕なんだろ。このヤリチン野郎が。
仗はルックスもスタイルも悪くない。ついで言うなら親も金持ちだし本人もそこそこの所に務めているから、女なんてよりどりみどりの選び放題ってやつだ。
黙ってたって向こうからホイホイついて来るもんな。
でもこいつは一人に決めて身を固めることなんてせず、気が向いたら少し付き合って飽きたら捨てる。なんてクズ野郎だ。
僕と違ってコミュニケーション能力も高いし、こいつは婚活なんて縁がないんだろうな。
「ていうか、龍之介はそんなに結婚したいの?」
「は?何を今更。したいに決まってるだろ」
「ふぅん。そうか………そんなに良いもんかねぇ、結婚ってさ」
こいつの家は確か再婚家庭だったか。僕なんかには分からない苦労とか見てきたのかもしれない。でも。
「良いもんかどうかは、してみなきゃわかんないだろ」
やらずに四の五の言ってたらそれは単なる酸っぱい葡萄じゃないのか。
「お前のそういうとこ、俺すげぇ好き」
そう呟くと頭をぽんぽんと撫でられた。
「………触るな。これだからイケメンは」
この気色悪いスキンシップも付き合い長いから慣れた。
「前から言ってるけどさァ。お前の場合、そういうの女にだけしろよ」
「えー?もう俺彼女作んないし」
「は?」
なんだ意味わかんない。
「うーん。俺も結婚、してみようかなぁ」
「………お前、発言が支離滅裂だぞ」
結婚したきゃ彼女作んなきゃダメだろ。
「外国ならできたりするかな、どう思う?」
外国って。国際結婚でもしたいのか?ああ、でも悪くないな。ハーフの娘や息子も可愛いだろうな。
「ふん。よくわかんないけど、結婚式には呼べよ」
そう言って顔を洗いに行こうと立ち上がれば、後ろから低い唸り声と罵声が聞こえた。
「この鈍感男めが! 薫子ちゃんにも振られろ! 鈍感野郎! ばーか!」
ほんと訳わかんない。
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