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連れてこられたのは古びた喫茶店だ。
昼間なのになんか薄暗くて陰気臭くて、俺なら女を連れてくることはないなって思う店だった。
「あたし、こういう店苦手かも」
席に座って開口一番、すました顔で彼女は言った。
「知り合いに教えてもらったお店で、一度は来てみたかったんですけど………親しい人とは行かないかも」
なんだ今度は彼女が俺を怒らそうとしているのか。
「彼氏とはどういうデートするの?」
「それ、聞きます?」
「そりゃあ聞くよ。親友の事だからさ」
「聞いたら後悔する、かも」
「そんな酷い付き合い方してんの?」
「いいえ。そりゃもう大事にしてもらってますよぉ」
「ムカつくなぁ」
「………ふふっ」
腹の探り合いも飽きてきた。向こうもそうらしい。仲良くはなれそうにないが、気は合わないことはないのかもしれないな。
「最初に言っときますけどぉ」
小さな手を前に組んで、茶目っ気たっぷりに笑った目元。
彼女の言葉を俺は敵意と興味の狭間のような気持ちで待つ他ない。
「あたしは彼と結婚する気はありませんから」
「………」
「っふふっ。あ、すいません。なんか凄い怖い顔してるから………ふふっ」
笑いを堪える仕草はどうやら嫌味やからかい、喧嘩を売っているのではなさそうだ。
すると本気でこの女はあいつと結婚する気はないのか。
「それって。あいつのこと、弄んでるということか」
だとすれば許さない。
付き合ったり、ましてや結婚するのも嫌だ。でも、大切な奴が騙されたり傷付いたりするのは以ての外。
殺すような勢いで睨みつければ相手は多少怯んだ顔で首を振った。
「違いますよ。多分あっちも同じこと思ってますし」
はぁ? そんな訳ないだろうが。だって龍之介はこの女の事を恋人だって、結婚するって言ってたし。
俺はそれ聞いて、思わず目の前が真っ暗になって泣きそうになったんだぞ。
ああ、今になって過去に俺がフッてきた女達の気持ちが分かるなんて。
色んな感情が込み上げて反射的に顔を伏せると、困ったようなため息が聞こえた。
「恋は盲目だっていうけど、本当なんですねぇ………あたしは経験ないけど」
つくづくムカつく女だ。何が言いたいのかさっぱり分からない。
「そもそもあたし、結婚願望とかないんですよ。男の人と付き合うとかそういうのも、いまいちピンと来てないというか……だから龍之介さんに出会った時も付き合おうって言われた時も。彼はすごく素敵だし好きなんですけど、なんかやっぱり現実感ないというか。あくまであたしの問題ですよ? でもこんな感情で付き合っていて結婚までしていいのかなって、申し訳なさは正直ありました」
やや早口で吐露された彼女の心情を俺は黙って聞いていた。
「………龍之介さんから貴方の話をよく聞くんですよ」
先程の微妙な雰囲気とは一変して、楽しげな声に顔を上げる。
「俺の悪口だろ」
「そうですね」
やっぱり。俺はつくづくあいつにとって碌でもないクズ男なんだ。自業自得か。
もう少し清い付き合い方しとけばよかったと一瞬後悔するが今更だろう。
「女にだらしなくて、自分の彼女を寝盗られた時は本当に友達辞めようかと思った。って」
ああ、そんなこともあったっけ。
まだ俺たち学生で、あいつは初めての彼女だったっけな。
若くて血気盛んな俺は、あいつが一つ下の後輩に告白されてOK出したって聞いてとてつもなく狼狽した。
二人とも帰宅部だったから放課後はいつも一緒だったのに、それからあいつは女と帰るようになった。
俺は当時彼女3人目だったが、基本的に龍之介といる時間を優先したし、一緒に学校行くのも帰るのも彼とだ。
彼女達と歩いた事は無い。
この時はまだ自分の気持ちに気が付いていなかったから、単純に親友に恋人が出来て構ってもらえなくて寂しいだけかと思っていた。
しかしあいつが女と手を繋いで歩いているのを見かけて、危うく殴り掛かりそうになった。
その隣は俺の場所だ汚い牝犬め、と罵りたくなった。
まだキスひとつしていない。なんて聞いて安心したが、それも一瞬だけですぐに苛立ちがつのった。
いずれキスの一つや二つするだろう。そしてすぐにセックスだってするだろうな。
そう思うとどうしようもなく腹が立って、俺は女に近付いた。何気ない会話からすぐに仲良くなって、あいつの愚痴を聞き出すまでになった。
なかなか手を出してこない彼氏に気を揉んでいた彼女は俺が少し水をむけると、あっさりと目を閉じて唇を突き出した。
キス顔もブスだと内心悪態をつきながら顔を近づけた。どうせガキだろと触れると舌まで入れてきやがったから驚いた。
龍之介にも同じようにキスしようと思ってたのだと考えると無性にムカムカした。だから奪ってしまえと思った。
とは言ってもこっちは特に何もしなくても良かった。放っておいてもなんか向こうが夢中になって、むしろ引くくらい迫られてウンザリした。
まぁ、有難く据え膳は頂いたけどな。
しかし当時俺も彼女いたからそっちとアレコレなってめんどくさかったのは覚えている。
放置してたら両方に愛想尽かされて、龍之介には何発か殴られた。
女共に詰められて結果的に、フラれる形になるより何より怖かったのがあいつに絶交されることだった。だからすごくホッとしたし、もうあいつの女に手を出すまいと思った。
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