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今朝のお節料理の意味もそうだけれど、彼女はいつだって俺に、知らなかった世界を見せてくれる。
......そしてこれまで俺が知らなかった、様々な感情も。
だけどたぶんあの日、梓が財布の中身をひっくり返さなければ。
あの日俺が、あんな脅迫紛いの方法で、彼女をアルバイトに誘わなければ。
......俺とこの子は今も関わる事無く、単なる店員とお客様の関係のままだったに違いない。
神様、梓に出逢わせて下さり、ありがとうございます。
この子と一緒に、今年も楽しく健康に過ごせますように。
そっと目を閉じ、これまで存在について考えた事もなかった神様に祈った。
横に立つ梓の表情を、そっと盗み見る。
彼女は神妙な面持ちで、何やらブツブツと呟いている。
その声をちゃんと聞き取る事は出来なかったけれど、きっとその願い事の中に、俺の事も含まれている物と思われる。
思わずプッと噴き出すと、彼女はカッと瞳を大きく見開き、真っ赤な顔で聞いた。
「......もしかして私、全部声に出ていましたか?」
だからクスクスと笑いながら、答えた。
「ううん、大丈夫。
で......梓は神様に、何をお願いしたの?」
次に並ぶ人達に列を譲り、端に寄ってから今度は俺が聞いた。
すると梓はフフッと笑い、人差し指を自身の唇に当てて言った。
「......三橋さんには、内緒です」
ま......まばゆい!!
......何だこの、キラキラした可愛過ぎる生き物は。
そして、その瞬間。
......俺以外にも、またしても無数の生ける屍が生まれるのを感じた。
【...fin】
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