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「おはようございます、三橋さん。」
開店時間である、10時の少し前。
いつもより少し大きな鞄を手に、バイト仕様の三つ編みヘアに伊達メガネ姿で梓は現れた。
冗談という事にされ、泊まらず帰られる事も想定していたが、それはどうやら無さそうだ。
...てか、マジか。
ちょっとでも油断したら、めっちゃ顔がにやけそうになるんだけど。
それを堪えようとした結果、相当表情が険しくなってしまっていたのだろう。
梓は綺麗な形をした眉を少し下げ、心配そうに聞いた。
「あの...三橋さん、大丈夫ですか?」
行方知れずになってしまった親父を気にして、俺がこんな顔をしていると思ったのだろう。
でも悪いがそこに関しては、まるで心配してねぇ。
母親には既に連絡済みだから、火曜の夜には強制送還され、戻ってくるのはほぼ確定事項なのだ。
「大丈夫。
親父はお袋と弟達と一緒に、2、3日の間新潟の爺ちゃんちで過ごしてくるだけだから。」
慌てて微笑みを顔面に貼り付け、答えた。
そして事情をザックリ説明すると、ホッとしたように綻んだ、彼女の表情。
その笑顔を見て、今度は俺も本物の笑みが溢れた。
「迷惑掛けて、ごめんな。
朝から店に入ってくれて、マジで助かる。」
素直に口にした、感謝の気持ち。
すると彼女はまたにっこりと微笑み、ふるふると左右に首を振り答えた。
「迷惑じゃ、ないです。
...三橋さんのお役に立てるのも、長い時間一緒に居られるのも、嬉しいので。」
ぽわんと薔薇色に染まる、頬。
いい子だ。
...この子本当に、いい子過ぎんだろ。
でもいつまでも店を開けずにイチャコラしている訳にもいかないから、めっちゃ後ろ髪を引かれる想いではあったものの、ワシワシと彼女の頭を一方的に撫でるだけ撫でて、そのまま開店準備に入った。
先日まで開催していた初心者向けBLフェアの影響もあり、客足は順調。
やっぱ今日は俺一人だと厳しかったなと、心の中でまた梓に感謝。
そうこうしていたらあっという間に昼になり、彼女お手製のキャベツとツナのパスタを、ふたり別々にではあったが美味しく頂いた。
親父には腹が立つが、この状況自体は悪くない。
...っていうか、もう明日俺、死んでもいいかも。
イヤイヤ、やっぱり駄目だ。
今死んだら俺、絶対に地縛霊になる自信がある。
これからこの子と一緒に行きたい場所も、やりたい事も、たくさんあるのだ。
...生きるっ!!
午前中は何やかんやとバタバタしていたが、三時を過ぎる頃になると少しお客様の波が落ち着き、会話をする余裕も出てきた。
「そう言えば、三橋さん。
前から思っていたんですが、美容関連の書籍のコーナー、もう少し目立つようにした方が良くないですか?」
言われてみたら、確かに。
...現在もそんなに地味な場所に置いている訳ではないが、女性目線で見ると、少し手に取りづらいのかもしれない。
「あー...、なるほどな。
親父と二人だと、ぶっちゃけどんなのが流行ってるかとかも、よく分かんなくてさ。
あんま、推せて無かったかも。」
ガシガシと頭を掻きながら、平積みになっているそのコーナーに目をやった。
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