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ボーイ・ミーツ・○○○
その日も俺は大学の講義が終わった後、自宅住居兼店舗である三橋書店にて、レジ打ちを担当していた。
つっても別に、俺が孝行息子だとかいう美談ではなく。
…父親の経営が余りにもザルな上、人の善過ぎるこの男のせいでこのままでは店が倒産しかねないから監視下に置く為、というのがその主な理由である。
家族に何のことわりもなく50万円もする『幸せになれる壺』とやらを訪問販売のおっさんから買い取ったせいで、幼い弟達を連れ、母親は現在父への制裁も兼ねて実家に帰省中。
『幸せになれる壺』を買った人間全員がマジで幸せになれるのであれば、世話がない。
逆にあんな壺を買わされたせいで、むしろ不幸になったのだ。
本当に、どうしようもない阿呆である。
本は好きだし、この仕事自体が嫌いな訳では無いが、どちらかというと自分の将来を守る為的なね?
って...俺の事は、どうでもいいか。
この店は、割と。
…というかかなり、場所が悪い。
まず、駅から離れている。
その上近所に新しく出来たショッピングモールの中に巨大な本屋が併設されてからは、連日閑古鳥が大合唱してやがった。
しかし、コッソリ紙媒体でエロ本を買いたい野郎どもには、人目につきにくいってのが大変好評だったらしく。
それを逆手に取り、主力商品としてより手に取りやすいよう少しだけ裏手に陳列するようにしたり、少々マニアックな代物も置くようにしてみた。
結果、売り上げはV字とまではいかないまでも、それなりに回復。
その為この店は現在、夕方を過ぎるとそういった人達の御用達みたいな状態となっている。
どんなお客様も、神様な訳で。
…俺は今日も楽しくもねぇのに顔面に笑顔を貼り付け、接客しているって訳だ。
この店には、ある常連の…たぶん女がいる。
何故たぶん、とわざわざ付けたのかというと、これまでまともに顔や体を見た事がないからだ。
その人物はマスクで顔を覆い、夜でもサングラスなんてもんを着けていて、芸能人も真っ青な感じでいつも顔を隠している。
服装はだいたいいつも同じで、全くサイズが合っていないブカブカの紺色のジャージ姿。
…正直かなり、不気味だと思う。
ソイツが買うものは、決まっている。
男と男が、愛を育む物語…いわゆるBLって呼ばれる種類の漫画本だ。
ウチの店はそういうお客様にも優しい仕様な為、一般的な書店では中々レジに持って行きにくい類の本の品揃えが良い。
そして今日は彼女のお気に入りな作家、渡江 小巻さんの、新刊の発売日だ。
…やっぱり、来たか。
マスクで顔が隠れているせいでよくは分からないが、嬉しそうにそれを手に取り、そそくさとレジに差し出す姿は、どこか可憐。
そしてこの『THE 不審者』な人物の来訪を待ちわび、彼女の所作に毎度キュンキュンしてしまう俺は、もしかしたらかなりマニアックな人間なのかもしれない。
その時である。
彼女が財布の中身を、バラバラとぶちまけた。
慌ててレジカウンターから飛び出し、拾うのを手伝おうとしたのだけれど、そこで俺はフリーズした。
視界に飛び込んで来たのは、学生証で。
そこには名前と写真も、ガッツリ入っていた。
わぁ、俺と同じ大学じゃん!
って、そんな事はどうでもいいんだよ。
...今気にするべきは、コレじゃねぇ。
そこに写し出されていたのはにっこりと穏やかに微笑む我が大学のミスコン女王、塚田 梓の姿だった。
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