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「いいえ、そうではありません。見ていただきたかったのは、それが片刃ではなく両刃だということです」
しかし、宇治若丸はその〝両刃である〟ことこそが重要なのだと、それまでとは一変、妙に落ち着き払った声で安堵した眼刺坊に言って聞かせる。
「いいですか? 先程から聞いておりますに、どうやらあなたは刀を百本集めているご様子。ですが、古来、唐土より伝わる分類の倣いからして、片刃のものを〝刀〟、両刃のものを〝剣〟と呼んでおります。さすれば、その腰刀は正しくは剣。厳密には刀ではございません」
「なんと!?」
滔々と語る宇治若丸の説明に、そんなこと、まったく考えもしなかった眼刺坊は思わず頓狂な声を上げる。
「つまり、その腰刀…いいえ、腰剣を手に入れたところで、あなたが千本集めているという刀の一振にはなり得ないのです。私、こういう故実に反することはどうしても見過ごせない性質でして……ということで、それはあなたの欲しているものではありませんので、よろしければ返していただきたいかと……」
武芸はからきしなれど、学問好きという噂もどうやら本当だったらしく、やけに堂々とした物言いで宇治若丸は眼刺坊に意見をし、こと学問に関することになると肝が据わるのか? 今度は恐れることもなく腰刀の返還を乱暴者の山法師に要求する。
「……くううぅぅ~! おのれぇっ! せっかく良い気分でいたところを余計なこと言いおって! かような話を聞いてしまっては、これを千本目と数えられぬではないかっ! ええい、こんなものいらぬわ!」
だが、愉悦に浸ったのも束の間、またしても前世と同じような風体の童子に満願成就を邪魔された眼刺坊は、怒り心頭、烈火の如く顔を真っ赤にするとその怒りに任せて腰刀を宇治若丸へ投げつける。
「うわっ…!」
辛くも凶刃は的を外れたものの、その可愛らしい頬をかすめると橋の欄干へ鋭く突き刺ささり、刺さった衝撃にぶるると震える金色の柄を見て宇治若丸は再び蒼くなる。
「もしや、貴様も九郎の殿の生まれ変わりか!? やはり、稚児の格好をした武家の御曹司とは一戦交えねばすまぬ因縁のようじゃ。よくも前世に続き今生でも邪魔してくれたのう! 最早、刀集めなどどうでもよい! さあ、いざ尋常に勝負せい!」
「……えっ? わあっ! ぜ、前世ってなんのことですかあ? お、落ち着いてくださ……ひぇえっ!」
無論、それだけで眼刺坊の怒りは収まらず、問答無用で斬りかかる彼に白刃を掻い潜って宇治若丸は逃げ回る。
「ええい、ちょこまかと! やはり貴様、その正体は九郎の殿であろう? このわしを二度も謀りおってからにいっ!」
「に、二度ってなんのことですか? ひぃ! ……く、九郎の殿っていったい誰…うわあっ! や、やめ…やめてくださいぃぃぃ~っ…!」
こうして、眼刺坊は前世に続き今生においても、五条の橋の上で大薙刀を振り回し、あちらこちらへと跳び回る稚児に格闘することとなったのであった。
(千本目の刀)
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