千本目の刀

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「…!? この笛の音は……」  どこからか、甲高い笛の音が夜の寂しさをいっそう掻き立てるように聞こえてきたのだった。 「なにやら聞き憶えのある笛の音じゃが……いや、今の世に九郎の殿(※義経)はおるはずもなし。偶然の悪戯か……」  夜気を震わす突然の笛の音に、眼刺坊が既視感を覚えながら耳を傾けていると、その音は徐々にこちらへと近づいて来て、いつしか目の前には宵闇の中から一つの人影が浮かび上がる。  それは小柄な身に薄絹の衣を頭からすっぽりとかぶり、横笛を吹きながらゆっくりこちらへ歩いて来る……なぜ、こんな夜半に笛など吹いているのか疑問を感じるが、その風体からして女子(おなご)のようである。  薄闇に爛々と光る鋭い(まなこ)で訝しげに眼刺坊が睨みつける中、その女子はなおも寂しげな笛の音を奏でながら、静々と彼の方へ淀みない足取りで近づいてくる……いや、足音はせぬが、むしろ速足と言ってよいくらいの歩み方だ。  怪しい……こんな夜中に女子が独り、しかも、笛を吹きながら歩いておるものか……あるいは狐狸妖怪の類か?  そんな疑念も頭を過るが、しかし、眼刺坊はよく知っている……かような奇行を演じる者が如何なる輩であるかということを……。  静々と橋を渡って来たその者は、そのまま何事もなかったかのように彼の傍らを通り過ぎようとする……。 「なんだ、女子か…………なんて、言うと思ったら大間違いだあっ!」  その瞬間、眼刺坊は騙されたふりを見せた後、大音声を張り上げて女子のかぶっていた薄絹を薙刀の切先で払い除ける。 「うわあぁっ!」  すると、その衣の下に隠れていたのは、真っ蒼い顔をして悲鳴を上げる男の童だった。  水色の水干(※童子の服)を身にまとい、髪を総髪に結った稚児の(なり)をしている。  また、手には今しがたまで吹いていた笛を握りしめているが、その腰には金細工の施された、たいそう立派な腰刀を一本差している。 「フン! 思った通り(おのこ)であったか。これでもう二度目(・・・)だからな。そんな手に誰が引っかかるものか。どうせ変装をするのならば、せめて前とは違うもので来い! ……あ、いや、おまえは前回のことなど知る由もないか……」  稚児様の童を大きな(まなこ)で上から見下ろし、したり顔で嘲笑う眼刺坊であったが、己が前世と今生をごっちゃ混ぜにしていることにふと気づき、不意に大声を淀ませる。
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