千本目の刀

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「それもこれも、なんとも奇遇なことに貴様が九郎の殿とそっくりな格好をしておるからじゃ。見たところ、どうやら稚児のようではあるが、その腰刀の(こしらえ)はただの稚児ではあるまい? ここが五条の橋だと知って来たのか? なぜ、こんな夜半に女子のふりなどして笛を吹いておる?」 「わ、私は、鞍馬寺で稚児をしている宇治若丸(うじわかまる)と申す者です。お、お師匠さまに笛の稽古を命じられ、さる名手と謳われる公家のお屋敷へ参っていたのですが、不慣れゆえに道に迷い、帰りがこれほどまでに遅くなってしまい……そ、それで、五条にある親類の家を頼ろうと思い立ち、淋しさを紛らわすためにふ、笛を吹きながら向う途中だったのです!」  現世に生きる今の自分を取り戻し、稚児には似合わぬ黄金(こがね)作りの腰刀へ鋭い眼光を向けながら尋ねる眼刺坊に、その宇治若丸と名乗る童はぶるぶると身を震わせながら、精いっぱいの声を絞り出してそう答える。 「宇治若丸? ……聞いたことがある。たしか、足利将軍が身分低き白拍子に生ませた子だとかなんとか……なるほど。将軍家に縁ある者ならば、その腰のものも頷ける」 「わ、私の身分をご承知なら、す、すぐにそこを通しなさい! ら、乱暴狼藉を働くと、後でどのような責めを負うかわかりませんよ!」  これでも一応は叡山の僧の身。寺仲間に聞いた噂話から稚児の正体に気づいた眼刺坊を見て、宇治若丸はありったけの虚勢を張って、そんな脅しをかけるのであったが……。 「フン! 知っておるぞ。宇治若と申せば、笛と学問には秀でるも武芸はからきしな上にたいそう気も弱く、巷では宇治若丸ではなく〝うじうじ丸〟じゃと嘲笑われておるそうな。そのように力んではみても、心の内ではわしが怖くて怖くて仕方がないのであろう? 笛を吹きながら渡ろうとしたのも、その臆病心を誤魔化すためであろう!?」  身分ばかりか、あまり耳障りのよくない話までこの怪僧はよく存じており、蔑むような眼差しを向けて鼻で笑うと、宇治若の心情を察して逆に威圧してくる。 「生い立ちまでそっくりとは、ますますもって九郎の殿にそっくりではあるが、あの時(・・・)のように遅れを取る気は微塵もせぬわ。さあ、貴様こそ痛い目に遭いたくなかったら、おとなしくその腰のものを置いてゆけ! さすれば今宵のことは一切他言せずにおいてやろう。将軍家に連なる(おのこ)ともあろうものが、坊主怖さに女子のふりをしていたなどと知れれば大恥だからのう、ガハハハハ!」 「ひいっ…!」  ドスの利いた大声で凄み、まるで雷のようなバカ笑いを周囲に轟かす荒くれ法師に、宇治若丸はますます蒼白い顔から血の気を失せさせると、短く奇妙な悲鳴を上げてその場に尻餅を搗いてしまう。 「こ、これは、父上さまからいただいた、足利家の祖、源義康公より伝わる大切な宝剣……お、御渡しするわけにはまいりません!」  それでも宇治若丸は勇気を振り絞り、ぶるぶると震える手でその柄を強く握りしめると、非力ながらもなんとか抵抗を試みようとする。
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