千本目の刀

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「ほう……なんとも趣向を凝らした拵と思うたが、そうと聞けばますますもって我が千本目となる刀にはもってこいの逸品じゃ」  だが、その言葉による抵抗がむしろいけなかった。 「人里離れた鞍馬の山暮らしでわしの噂を知らなんだか、この五条の橋を渡ろうとしたのがそもそもの運の尽き……さあ、さっさと諦めてそいつを渡せ! なんなら、ついでに将軍家の落し(だね)の首を刀千本の記念にいただいてもよいのだぞ?」  ぺらぺらとその由来をしゃべる宇治若丸に、ますますもって黄金の腰刀を手に入れたくなった眼刺坊は、月影にきらりと光る薙刀の白刃を彼の目と鼻の先にぬっと突きつける。 「ひぃぃ……わ、わかりました……い、命だけは……どうか、命だけはお助けくださいぃぃ」  彼のか細い首など一振りで斬り飛ばせそうなその鋭利な刃先に、彼なりに頑張っていた宇治若丸もあっさりと降参の意を示し、戦慄く右手で黄金拵の腰刀を眼刺坊の方へ差し出した。 「よーし、いい子だ。命あってのものだねだからのう……さ、刀さえいただけばもう用はない。さっさと何処へなりといね! それともやはりそのそっ首、ここで斬り落として河原に晒してやろうか!?」 「ひ、ひぇえええっ~! お、お助けぇぇぇぇぇ~っ!」  その腰刀を対照的な太くて逞しい手で乱暴にぶん取り、意地悪にもわざと怖い顔を作ってなおも脅しあげる眼刺坊に、宇治若丸は涙目になって悲鳴を上げると、脱兎の如くその場から逃げ去ってゆく。 「おお、すばしっこさだけは九郎の殿にも負けておらぬようじゃの」  その飛び跳ねるような勢いで駆けてゆく様は、前世にて橋の欄干をぴょんぴょんと跳び回り、眼刺坊――武蔵坊弁慶を翻弄した牛若丸の身のこなしを彷彿とさせる。 「あの時は手も足も出ずに屈辱を味わったが、今となっては良い思い出じゃのう……ともかくも、これで目標の千本。しかも、それが源氏所縁の名刀とはなんたる僥倖! 今生こそ前世で果たせなかった千本の満願を見事かなえてやったぞ! ガハハハハハ…」  眼刺坊は宇治若丸の後姿にかつての主君の幼き頃を重ねて懐かしむと、金色の腰刀を銀色の月の光にかざして眺め、ついに念願の千本目を手にしたことに愉悦の高笑いを上げる。
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