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「…ハァ…ハァ……あ、あのお! ……ちょ、ちょっとすみませ~ん! ……ハァ……ハァ……」
ところが、どういうわけか今しがた逃げ去ったはずの宇治若丸が、なにか慌てた様子で此方へ駆け戻って来るではないか。
「……ん? なんだ? やはりこの腰刀が惜しくでもなったか?」
再び近づいて来るその小さく臆病な稚児を、高笑いをやめた眼刺坊は怪訝な顔で見つめる。
「愚かな。せっかく無事に逃がしてやったというものを……その勇気は褒めてやらんでもないが、非力な貴様では無駄に命を散らすだけぞ? それでも、それが望みというのならば致し方なし。将軍家の男らしく、武士としての最期を与えてくれようぞ!」
そして、舞い戻った宇治若丸にもう一度その覚悟を確かめるようにそう告げると、大薙刀を大上段に彼の小さな頭の上へと振り上げる。
「ま、待ってください! そ、そうじゃないんです! 一つ、お伝えしなければいけないことに思い至りまして……」
だが、鬼のような形相で今にも斬りかかろうとする眼刺坊に対し、宇治若丸は手を前に出してそれを制すると、何やら妙なことを言い出したのだった。
「伝えねばならぬこと?」
意表を突かれた眼刺坊は薙刀を振り上げたまま、きょとんとした顔で小首を傾げる。
「ひゃ、百聞は一見に如かずです。まずはその腰刀を抜いて刀身を見てみてください」
「これを抜けだと? ……はっ! よもや竹光ということはあるまいな!?」
何のことだかさっぱりわからぬ眼刺坊ではあったが、宇治若丸のその言葉にそんな疑念が脳裏を過り、言われた通りに慌てて腰刀を金色の鞘から抜いてみる。
「ハァ……なんだ、ちゃんと真剣ではないか。人を驚かしおって……」
そして、再び月明かりにかざしてみるが、それは仄かに蒼白い光を闇に反射し、正真正銘、鍛冶師に鍛えられた真剣の短刀である。
ただ、少々変わっている所といえば、通常、片刃であるところが峯側にも刃の付いた柳葉状の両刃造であるということぐらいのものだ。
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