黄金色の空に浮かぶトンボ

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黄金色の空に浮かぶトンボ

 あの火事の後に、紀佳(・・)は一週間ほど学校に来れなくなったが、今では元気に毎日過ごしている。  火事の原因については、みんな聞いていない、聞いて欲しくないと思った。  学校の外に二匹のトンボが連なって飛んでいる。  もうそんな季節になったのか、今年は台風が少ないので順調にいけば、そろそろ稲刈りの時期だ。  金曜日の放課後、夕日を浴びるとついつい実家のことを考えてしまう。  結局一回も帰っていない。 少し寂しい気もするけれど、友だちもいるので、やっていけている。  夏休みは、火事の件で外出禁止になってしまったが、透子や紀佳もいたので、退屈することはなかった。  そう思っていると、夜に一枚の写真が父親から送られてくる。  文字は無く、ただ一枚の写真だけだ。  そこに写っていたのは、黄金色に輝く稲が頭を垂れ空一面にトンボの群れが飛び回っている。  写真の端には、父がいつも乗っているコンバインがあった。   「え!」  そのコンバインに信じられないモノを見つける。 私は居ても立っても居られず起き上がると、急いで荷造りを始めた。  管理人さんに外出許可をいただき、土曜日の朝に出発する。  目指すは実家、制服で来てしまったことを後悔していた。 靴も普通のスニーカーだった。    公共の交通機関を乗り継ぎながら、到着したのはお昼ごろ、もう少しでご飯を作りに母が帰宅する。  しかし、私は待っていられず埃を被った自転車に乗ると、田んぼに向かって走り出した。  広い田んぼ、どこから刈り取るのかは把握している。  一番乾きのよい田んぼが一番初め、順に始めていく。    小屋の乾燥機はまだ半分程度しか入っていないので、きっとまだ始めたての田んぼの近くにいる。  自転車を運転しながら、思わずあたりを見渡した。  そこにあるのは、一面に広がる実りの景色、まさしく豊穣と言える。  そして、見えてきた。 父の操縦するコンバインにコンテナを積んだ軽トラックが、母は忙しそうにこぼれた稲を拾い集めていた。  最初に気が付いたのは父で、コンバインを軽トラックに寄せて、収穫したてのお米をコンテナに入れていく。 「ただいま!」  大きな音に負けないように大声で挨拶をすると、母が振り向き少し目だけ見えるように顔を隠しているが驚きの素振りをみせる。  お米のカスが飛散しているので制服に黄色い粉が無数に付着していった。  それでも私は自転車を降りると、そのままコンバインに乗り込み定位置に置かれいる鎌を手に取る。  そして、父が作ってくれた私の麦わら帽子を吊るしておくフックには、買いたての真新しい帽子が吊るされていた。  手にもって被ると、少しだけ小さい。 それでも私は嬉しくなり、コンバインを降りて稲を数本収穫する。    靴に泥が付着した。 足元ではバッタが歩くたびに飛び跳ねる。  胸いっぱいに稲と土の香りが染みわたる。 「こら! 茉莉! あんたいきなり帰ってきて、しかも制服じゃない! 着替えておいで」  母が少し怒りながら近寄ってくる。  父はコンバインのエンジンを止めて降りてきた。 「ただいま!」  稲を母に渡すと、肩を大げさに落としながら受け取ってくれる。  父は何も言わずに軽トラックに乗り込むと、おにぎりを食べ始めた。  二個ある一個を私に差し出してくれる。 私はそれを受け取ると、自転車に乗って家まで戻った。  家の小屋に設置されているタンスの中から私の作業着を引っ張り出すと、急いで着替えを済ませる。  もちろん靴も脱いで長くつを装着した。  久しぶりに袖を通した作業着も、心なしかキツくなっていた。  着替えが終わると、自転車に乗りながらおにぎりを食べる。  中身は鮭で私が一番大好きな具だ。 そして、寮でもおにぎりを何度も作ったが、やっぱり母が握ったモノにはかなわないと感じた。  作業着と首にタオルと巻きながら自転車から降りる。      
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