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寮から講堂へとぞろぞろと移動する。
高等学校の最終学年全員、120名。
「男子も気合入っているなあ……」
「ねえ、あいつ見て。緑色の胴衣、フリルがたくさん」
「似合ってないわねえ…… 自分のごつい顔を鏡で見てごらんなさいって言ってやりたい」
「向こうのあいつの袴服は細過ぎ!」
「腿の贅肉がバレバレよ。見苦しいわ」
ざわめきの中、扇形に広がる席へ、おのおの座る。
クロエもまた、いつも座っている中央よりやや右寄り後ろの方の席へ。
座ろうと身を滑らせると、その斜め後ろに座っていた少年が顔を上げた。
「おはよう、リュシアン」
努めて、朗らかに、声をかける。
少年は何も言わずに、手元の本へ視線を戻していった。
そして、ざわめきは最高潮へ。
校長先生が壇上に登場だ。
「おはよう諸君。ベルテール王国の未来を担う少年少女たち。今日は君たちに卒業に向けた最後の試験を与える日だ。だからもう一度、この学校で学ぶことは何だったか、おさらいしよう」
黒い法服を着た白髪の男性が張りのある声で述べる。
「この学校はベルテール王国建国に遡る血を引く王侯貴族の子たちが集う学校だ。
君たちはこの三年間で十分に、高貴なる義務をその身に付けなければいけなかった。さて如何だろうか。自信のほどは?」
しんと静まり返った講堂。そう、ここで手を挙げる方こそ野暮というもの。皆下を向く。
校長先生が、えへん、と咳ばらいをした。
「試験は、その義務を果たす覚悟ができているかを見るものだ。試験に無事合格してでなければ卒業できないのは、何故か分かったね」
では、と視線が講演台の上の書類に移る。
「無事に卒業となる頃には、18歳。大人の仲間入りだ。子ども時代の最後を賭けるこの試験について、具体的な説明をしよう。心して聞くように」
内容は一言で言い表せる。
『卒業した後、何をしたいか』を論文にまとめる。ただそれだけ。
と言っても、何か理想論をぐだぐだと並べればいいのではない。
高貴なる義務の実践――王国の発展に寄与する何かでなければいけないのだ。
だから皆、実家の事業の問題や時事の題材を探してきて、模範解答を新聞や『業界の重鎮』の話から抜き出して、如何にもそれらしく聞こえるよう考えて、書き揃える。
調べる、考える、書くの繰り返しは結構な重労働。
そしてさらに大きな問題は、その遣り方。一人でやってはいけないという決まりだ。
「一人で大きな事業は成し遂げられない」という理由で、必ず二人一組で行わされる。
――二人一組、ってのが問題なのよ。
校長先生の声が響く中、クロエはそっと息を吐いた。
――女子同士で組む人なんて、いるものですか。
皆、このペアの相手を選ぶのに全力を傾ける。
当たり前だ。試験の出来栄えを左右するだけじゃない。将来の友好や結婚につながる可能性があるんだから。
――困ったなあ…… みんな、もう決まっているんだろうな。
今日が気合の入ったドレスの理由は簡単だ。それは、意中の彼から承諾を引き出すためのお洒落。
もっとも、正式な届け出が今日というだけで、皆、約束は取り付けているのだろう。未来に向けた駆け引きは、入学前、寮に学友たちが集まり始めた頃から始まっていたのだ。
この潮流にクロエが気が付いたのは、入学して二年目。この時点で負け組が確定していたと言っていい。
そう。クロエはまだ誰からも誘われていない。
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