とっておきのドレスを着て

3/3
前へ
/52ページ
次へ
――永遠に決まらなかったら、どうしよう。  長い長い話が終わる。  皆が騒めき、立ち上がる。  ここは幼い社交場。紳士が淑女に声をかける。決まったペアから退場だ。  クロエは俯いた。 「お先に」  一緒にきた友達が一人、また一人、最後の一人が席を立っていく。  もう一度、唇を噛んでから顔を上げた。見回せば、講堂に残った負け組たち。  この中から『妥協点』を探らなきゃいけない。  何度目ともしれない溜め息。  こつん、と後ろで床が鳴った。  振り返ると、斜め後ろの少年もまだ座っている。 「リュシアンも決まっていないの?」  返事はない。あったことがない。彼の声を入学以来、誰も聞いたことが無いのだ。  名を、エドガール・リュシアン・ベニシュということは、名簿を見て知った。建国の際、王の右腕として戦った騎士を初代に抱くベニシュ家の、三人いる子供の真ん中が彼だ。  蜂蜜色の髪に湖のような瞳。繊細な顔立ちで、白いシャツにクラヴァット、紺色のジレがよく似合う、すらりと伸びた体躯の少年。  きっと、その出自はこの学校に入学しないことを許さなかったのだろう。  『見た目と血筋だけはいい』というのが女子の間での評判。 ――一言も喋らないから、皆気味悪がっちゃってるんだよね。  いつも一人で静かに本を読んでいる彼。 「リュシアンも決まっていないの?」  もう一度問いかける。もちろん返事はない。表情も変わらない。  ただ、水色の瞳は真っすぐに向けられている。 「卒業試験、どうするの? 誰と組むの?」  瞬く。すると、彼は本を静かに閉じて立ち上がった。  緩やかに歩み寄ってきて、右手を出される。 「……わたしと?」  大きく目を開いて、湖の色の瞳を見つめる。そこは凪いだままで、思いのほか大きな右手も差し出されたまま。  ごくりと喉を鳴らす。  そっと、自分の手を重ねる。 「じゃあ……」  白いレースが揺れる。  ゆっくりとドレスを摘まんで、左足を引て、腰を折る。 「クロエ・マニアンよ。改めて、よろしくね」  彼はしっかりと握り返してくれた。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加