一緒に行こう

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 そのまま、教官に呼ばれるまで、無言。  ボン、と時計がなった後にようやく呼ばれた。 「ごめんなさいね、お昼ご飯になっちゃったわね」 「お話終わったら食べてきます……」  あはは、と笑うと奥の椅子に腰かけた教官が頷く。 「セシリア先生、よろしくお願いします」 「こちらこそ」  まだ若い教師だ。クロエの姉と言っても不思議ではない年頃。丸縁眼鏡の、丸い頬の女性はおっとりと微笑んで、クロエとリュシアンの顔を見比べる。 「あなたたちが組んだのね。待ち時間の間、どんなことをしたいか話をした?」 「ええっと……」  碌に会話もできていません。クロエの頬が引き攣り、セシリアも肩を竦めた。 「そうね。話ができないから大変と思うけど、頑張って」  クロエは俯く。セシリアのため息が聞こえる。 「じゃあ、私からあなた達が書けそうな話題を提案させてもらえる?」 「はい」 「とは言ったものの…… どうしようかしら」  ラベンダー色のスカートの裾を揺らして、彼女は狭い部屋の壁一面を占拠した本棚の前をウロウロし始めた。 「リュシアンの家はブランドブール侯爵よね」 「そう、です」  本人が答えないから、クロエが言葉を継ぐ。セシリアは地図を引っ張り出してくる。 「王国の東端――その先には広大な平原、プレンヌ・メルヴェイユーズしかないって言うけれど」  ばさっと音を立てて、見慣れた王国の地図が机に広げられた。  セシリアの指先が東端に描かれた、聳え立つ城砦を指さす。 「ブランドブール城は平原を見渡せるよう、丘の上に建てられているの。今は観光名所として、中を見学させてもらえたりもするわ。クロエ、あなたは行ったことある?」 「いいえ、一度も」 「勿体ないわ。一度行ってご覧なさいよ。地平線が見渡せて――こんなに世界は広いのかと思うから」  セシリアはクロエの方を見て笑った。ちらりとリュシアンを見遣る。無表情。彼はセシリアを見ているのに、セシリアは見向きもしない。 「それで――どうしようかな」  セシリアはまた本棚の前を行ったり来たりしている。 「クロエのおうちはドゥワィアンヌ…… 梨の産地ね」  実家の周りの、梨畑を思い出しながら頷く。 「そうねえ…… 二つの土地の共通点は、鉄道かしら」 「鉄道?」  瞬く。 「そうよ。そうよね、我ながら名案」  何冊か本を取り出しながら、セシリアは笑った。 「西の港町ウニーズから、ここ王都ル・キャトル・ヴァンを通って、ドゥワィアンヌを抜けて、東端のブランドブール城下が終点。鉄道が敷かれたのはこの十年の話なのは、あなたたちもご存じでしょ?」 「ええ、まあ……」  曖昧な頷き。セシリアはにこにこだ。 「そうしましょ。絶対楽しいから」  どっさりと抱えた中から、一冊手渡される。『ベルテール王国への鉄道敷設の提言』と題されたそれだ。 「これは?」 「議会に敷設推進の議案が出された時の提案書の写しよ。良かったらどうぞ」  ずいっと押し出される。つい手にする。 「じゃあ、次の面談は二週間後ね」  そして、セシリアに背を押された。 「なんか、先生に良いようにあしらわれた気がする……」  トボトボと廊下を歩く。後ろをリュシアンが付いてくる。 「どうしよう…… 今日はみんな、卒論の課題探しに出かけたりしている人がほとんどなのよね」  自分たちもそうすべきなのだ。だけどその前に美味しいごはんが食べたい。コルセットが苦しいけど、食べたい。食堂で食事を一緒にしてくれる友達もいないけれど、食べたい。  そうでもしなきゃ進めない、と。 「リュシアンはあの課題でよかったの?」  振り仰いで問う。 「ええっと。もっと何か、調べたい?」  彼はやっぱり無表情。ううと唸って、ぴっと人差し指を立てる。 「午後、もう一度図書室で会いましょう?」  セシリアに押し付けられた本を撫でながら、言うとようやく微かに頷かれた。 「じゃあ…… また、後でね」  校舎の外で、敷地の反対側に立つ男子寮と女子寮に向かって別れる。  背中から彼の気配が消えてからようやく、クロエは一際大きな溜め息を吐き出した。  どうやって彼と意思疎通を図れというのか。
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