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西日に照らされた風が吹き込む部屋で。
「力作ね」
二人の担当をしてくれたセシリア教官は笑った。
「間違いなく卒業が認められると思うわ。明日の発表を楽しみにしていて」
「ありがとうございます」
御礼を言うのに、少し俯き気味になってしまった。その姿勢のまま、ちらりと見れば、向かいのソファに腰掛けた教官はニコニコしている。
「書いたのはクロエなのね」
「書いただけです。資料をまとめて内容を考えたのは、ほとんどリュシアンですから」
「そう、なの」
丸い顔の真ん中で目がまん丸になっている。
リュシアンを振り向けば、彼はセシリアの方を向いていた。だけれど、彼女の視線はクロエへ向きっぱなしだ。
「確かに、リュシアンは筆記試験の成績は抜群だけれど。こう、ね。何を考えているか分からないんですもの」
「それは…… 喋らないから?」
「そうなのよ。気持ち悪いのよ。どうしても、話を聞いていない感じがして」
「聴いてます!」
つい、叫んだ。
「聞こえていますから! 授業の話も、友達の言葉も、悪口だってなんだって聞こえていますから! だから」
と、セシリアを見つめる。
「先生。ちゃんとリュシアンにも話をしてください」
見つめている顔がだんだん蒼くなっていく。
リュシアンは一度首を振った以外は、無表情のままだ。
ぱたん、と扉を締めた後。
「リュシアンはもっと頷けばいいんだわ」
前を歩き出した彼の手を取りながら、唇を尖らせた。
「確かに、反応がないって怖いのよ。でも、聞こえているんだから。だから、聞こえている分かってるって伝えなきゃ」
振り返ってきた彼は、今までと変わらない。でも、とクロエは笑った。
「あなたからも近寄らなきゃ、皆逃げちゃうわ。その…… 笑われるかもってあなたも怖がっているのは分かってるんだけど」
自分から閉じ篭って、世界の端を決めてしまうのは勿体ない。ふと、そう思った。
涼しくなってきた夕暮れの風の中で。二人、足を止める。
俯く。
「卒業したら…… 毎日会えなくなっちゃうから。でも、大学で頑張っててほしいなぁって、沢山勉強できて、お友達もできたらいいなって思ってるから」
ぶんぶんと首を振って涙は飛ばす。
「わたしも、頑張るから。ジェレミー様の会社で働くことを許していただけたから、そこで頑張るから」
ね、と顔を上げて、クロエは目を丸くした。
リュシアンの顔。
目尻を下げて、頬を緩ませて、口の端は綻んでいる。
どこか、ぎこちないけれど。
――笑った!?
吃驚し過ぎて、動けない。
だから、呆気なく抱きしめられる。
そのまま、首の後ろを大きな掌で支えられて、唇で唇を塞がれた。
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