卒業、目の前。

3/3
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
 西日に照らされた風が吹き込む部屋で。 「力作ね」  二人の担当をしてくれたセシリア教官は笑った。 「間違いなく卒業が認められると思うわ。明日の発表を楽しみにしていて」 「ありがとうございます」  御礼を言うのに、少し俯き気味になってしまった。その姿勢のまま、ちらりと見れば、向かいのソファに腰掛けた教官はニコニコしている。 「書いたのはクロエなのね」 「書いただけです。資料をまとめて内容を考えたのは、ほとんどリュシアンですから」 「そう、なの」  丸い顔の真ん中で目がまん丸になっている。  リュシアンを振り向けば、彼はセシリアの方を向いていた。だけれど、彼女の視線はクロエへ向きっぱなしだ。 「確かに、リュシアンは筆記試験の成績は抜群だけれど。こう、ね。何を考えているか分からないんですもの」 「それは…… 喋らないから?」 「そうなのよ。気持ち悪いのよ。どうしても、話を聞いていない感じがして」 「聴いてます!」  つい、叫んだ。 「聞こえていますから! 授業の話も、友達の言葉も、悪口だってなんだって聞こえていますから! だから」  と、セシリアを見つめる。 「先生。ちゃんとリュシアンにも話をしてください」  見つめている顔がだんだん蒼くなっていく。  リュシアンは一度首を振った以外は、無表情のままだ。  ぱたん、と扉を締めた後。 「リュシアンはもっと頷けばいいんだわ」  前を歩き出した彼の手を取りながら、唇を尖らせた。 「確かに、反応がないって怖いのよ。でも、聞こえているんだから。だから、聞こえている分かってるって伝えなきゃ」  振り返ってきた彼は、今までと変わらない。でも、とクロエは笑った。 「あなたからも近寄らなきゃ、皆逃げちゃうわ。その…… 笑われるかもってあなたも怖がっているのは分かってるんだけど」  自分から閉じ篭って、世界の端を決めてしまうのは勿体ない。ふと、そう思った。  涼しくなってきた夕暮れの風の中で。二人、足を止める。  俯く。 「卒業したら…… 毎日会えなくなっちゃうから。でも、大学で頑張っててほしいなぁって、沢山勉強できて、お友達もできたらいいなって思ってるから」  ぶんぶんと首を振って涙は飛ばす。 「わたしも、頑張るから。ジェレミー様の会社で働くことを許していただけたから、そこで頑張るから」  ね、と顔を上げて、クロエは目を丸くした。  リュシアンの顔。  目尻を下げて、頬を緩ませて、口の端は綻んでいる。  どこか、ぎこちないけれど。 ――笑った!?  吃驚し過ぎて、動けない。  だから、呆気なく抱きしめられる。  そのまま、首の後ろを大きな掌で支えられて、唇で唇を塞がれた。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!