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百年前の男
朝、学校に着くと、何やら、クラスのみんなが、ざわざわしていた。
「おはよう! 何か、みんな、ざわざわしてるみたいだけど~……、何かあった?」
とりあえず、僕は、すぐ近くにいたクラスメイトの山田くんに訊ねてみた。
「あ、おはよう! いや、何かさぁ~、うちのクラスに転校生が来るんだって!」
「へぇ~、そうなんだぁ~」
「でさぁ~、女子たちは、『カッコイイ男子が来ますように~!』って祈ってたり、男子たちは男子たちで、『可愛い女子が来ますように~!』って祈ってたってわけ」
「なるほどね」
そりゃ~、どんな奴が来るんだろうと、ざわざわするのも分かる。
「ところがさぁ~、そんな矢先、とんでもない情報が入って来たわけ!」
「へぇ~、何々~?」
「それがさぁ~、ほんと、うそみたいな話なんだけど~……、ほんとの話なんだって!」
「へぇ~」
「その転校生……、百年前の男なんだって!」
「えっ? えぇーーーッッッ?! ちょっとちょっと、意味分かんないんですけど……?」
「だよねーッ! ほんと、意味分かんないよねーッ!」
「分かんない分かんない!」
「それで今、みんな、そんなSFというか何というか、時空を越えた異世界ファンタジーのようなことが、実際に起こるのかって、みんな混乱しちゃってんの!」
あまりのビックリ情報に、僕たちは戸惑っていた! いや、百年も前の過去からやって来るという、謎の転校生のその特殊能力たるや、僕たちは、ちょっとした恐怖さえ覚えたのだった。
「そ、そ、そんなさぁ~……、百年も前の過去から現代にやって来るなんて、ぜ、ぜ……、絶対何か起きるよッ! 私、恐いよーッ!」
一人の女子が机に突っ伏して泣き出した。クラスで一番泣き虫の喜納さんだった。
彼女のその涙の訴えに、僕たちの背筋には、ゾクッ! とした寒気が走った。そして、一瞬にして、クラスが、シーーーン……と、静まり返った。
「もう~、そんなことないって~! 大丈夫だって! でも、泣きたいときは、♪泣きな~
さ~い~~~……♪ ひとしきり泣いたら、♪笑い~ぃなぁ~さ~ぁぁぁ~い♪」
泣いている喜納さんに、岡本さんが寄り添って、喜納さんの背中をさすりながら、励ました。
「♪涙の数だけ強くなれるよ♪」
岡本さんのその言葉に、クラスのみんなは少し和んだ。
「でも、その百年前の男をきっかけに、過去の人間が押し寄せて来て、その人たちから見た未来に生きている私たちを、征服しようとしてるとかってことも、あり得なくもないんじゃない?!」
SFオタク女子の歌栗さんが、そういうことを言い出すと、クラスの雰囲気は、みるみるうちに、再び恐怖で凍りついてしまった。
僕は、クラス委員長として、クラスのこの混乱と恐怖を、何とかしなくてはと、教卓の前に立った。
「みんな、ちょっと聴いて~ッ! とりあえずさ~、一旦、落ち着こッ! 大~きく深呼吸しよう! 深呼吸ゥッ! はい、一旦、肺の中の息を全部吐き切って~~~、それから、大~きく息を吸って~~~……」
クラスみんなで、何度か深呼吸を繰り返し、少し落ち着いたところで、僕は話し始めた。
「俺、思うんだけどさ~、俺たちって今年高二でさぁ、十七歳になる年じゃん。それって『十七年前に生まれた』ってことだよね」
「だよね、だよね~♪」
「……ってことはさぁ、『百年前の男』って、百年前の高校生が、タイムスリップして未来に攻めて来るとか、そういうSFチックなことじゃなくて、『百年前に生まれた男の人』ってことなんじゃないのかな?」
「……ってことは?」
「……ってことは~、つまり~、高齢化社会でさ~、百歳を越えていらっしゃる人って、正直、世の中に、いっぱいいらっしゃるじゃん」
「そだね~」
「で、健康長寿の元気な高齢者の方々って、運動されてたり、向学心に燃えて勉強されてたりって、結構ある話だよね」
「だよね、だよね~♪」
「だから、たぶん、他の高校で学ばれていた百歳のご高齢のおじいさんが、何らかの事情で、うちの学校に転校して来られたってことなんじゃないのかな~?」
「あ、なるほどね~! 確かに、それは、充分あり得る話だよね~!」
クラスのみんなは、僕の話に一応の理解を示し、少し落ち着きを取り戻した。すると、
「何らかの事情で転校して来るとしたら、その何らかの事情って、一体、何だろうね?」
「そりゃ~、親の転勤とか仕事の都合とかでしょ♪」
「ちょっとちょっと! 百歳のおじいちゃん高校生の親って、一体、いくつになるんだよ~♪」
「ほんとだね♪ アハハハハ~ッ♪」
クラスのみんなの何気ない冗談で、恐怖で凍りついていた雰囲気が、一気に和んだのだった。
ー ♪キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン♪ キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン♪ ー
朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。すっかり和んだクラスのみんなは、担任が、おじいちゃん転校生を連れて来るのを、今か今かと待ちわびていた。
ー ガラガラガラガラ~…… ー
「は~い、みんな、席に着いて~」
教室の入口から、担任と一緒に入って来たのは、百歳のおじいちゃんどころか、スラッと背が高くて、足の長い金髪美女だった! いわゆる、ボンッ! キュッ! ボンッ! のナイスバディの、ハリウッド女優かと思うほどの超美人だった! 留学生なのかな?
百歳のおじいちゃんが入って来るのを想像していた僕たちは、あまりのギャップに、再び、シーーーン……、となった。
「それじゃあ、日直さん!」
「あ、あぁ……、起立!」
僕たちは起立した。
「礼!」
「はい、みんな、おはようございま~す!」
「おはようございま~~~す!」
「着席!」
僕たちは、再び席に着いた。
「はい、今日から、このクラスで、みんなと一緒に勉強することになった、百年前の男くんだ! みんな、よろしくな!」
「はぁ?!」
「へぇ?!」
担任からの紹介に、僕たちは、ただただ、キョトン! ひたすら、キョトン! このオッサンは、一体、何をぬかしているんだと、言っている意味が全然分からない。
「せ、先生……、あの~……」
「何や?」
「今、確か~……、『百年前の男くん』って、おっしゃいましたけど~……」
「はい、おっしゃいましたけど~?」
「えっ?!」
「んっ? えっ?! ……あ~~~っ! ごめんごめん! 俺の発音が悪かったみたいやな~! ハッハッハ! スマンスマン! じゃあ、本人から、自己紹介してもらおかな♪」
「ハイ!」
彼女は、黒板に自分の名前を、英語じゃなくて、達筆な漢字で書き始めた。
「今日からお世話になります、百年前野緒都子です! 京都から参りました! 父が日本人で、母がカナダ人のハーフです。よろしくお願いいたします♪」
「『百年前野さん』って、苗字?」
「苗字です!」
「『緒都子さん』って、名前?」
「名前です!」
僕たちは、誰からともなく質問をして、思わず確認した。すると、担任は、
「珍しい苗字も覚えやすいが、『由緒』ある『都』の『子』と書いて、『緒都子』って、なかなか洒落た名前やないか、な~ッ♪ ハッハッハ~♪」
「ちなみに、ミドルネームとかってあるの?」
「『マギラワ』です♪」
僕たちは、あまりにも紛らわしい名前に、ズッコケた♪
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